第1章つづき

弾道弾発射10分前 台湾島の東300km太平洋

093B型2隻に12発ずつ搭載された対地巡航ミサイルは500kmを超える射程をもっており、台湾島から東に300kmの公海に展開していた。
2017年から運用開始した台湾軍P-3C対潜部隊の対潜網の中だったが、台湾軍はまだ発見できていない。だが、日本とアメリカはこの2隻の存在を掴んでいた。
093B型は「商型」とも呼ばれる。093B型は093型3タイプの中では一番新しい。基本型の093型、093A型、093B型だ。
基本型の093型は2隻が就役しているが、静寂性や基本的な潜水艦技術の点で、様々な問題のある艦で、修理や整備に要する期間も長く、兵装も魚雷しか運用できず、今では殆ど海に出ることがなくなっている。
093A型は魚雷発射管から巡航ミサイルも発射できるとされているが、数も少なく、発射が成功する確率も低い。実戦ではB型のついで、という程度の任務しか熟せないが、今は、たまたま台湾軍の対潜網に掛かり、囮のような役割を演じていた。
093B型は039A型で魚雷発射管からの巡航ミサイル発射が困難であることを悟ったうえで、開発されており、12発の垂直発射管を備えている。
従って魚雷発射管からは魚雷しか撃てない。この最新型は原子炉の再循環方法を改良した原子炉を搭載しており、静寂性が高まったと言われている艦だが、それでもロサンゼルス級の中期型と同程度の110デシベルである。
現在米軍が配備運用しているロサンゼルス級後期型の100デシベルには及ばない。ちなみに日本のそうりゅう型は90~95デシベルとされている。
それでも093基本型の160デシベルからは大きく改善されており、侮れない存在になってきている。日米欧の企業が最新型の工作機械などを分別なく売却した成果でもある。
この093B型は、2018年1月に東シナ海公海上で、浮上し国旗を掲げてニュースになった艦種だ。12基の垂直発射管からYJ-18B巡航ミサイルを発射可能だ。
大陸側から攻撃しにくい台湾島東部の軍事拠点を、攻撃すべく開発された巡航ミサイル搭載攻撃型原潜だ。弾道弾発射とほぼ同時に着弾させるように命じられていた。マッハ2.5で飛翔するYJ-18Bは300kmの距離であれば6分ほどで着弾させることができる。そのために既に行動を開始していた。
この2隻以外にも093A型が1隻台湾島東側の太平洋上に潜伏していたが、こちらは台湾の対潜網に掛かり、台湾空軍のP3Cに追跡されている最中のため、攻撃には参加できない。
2隻は攻撃時刻5分前から静かに浮上を始めていた。2隻の距離は南北に100kmほど離れている。
日米の潜水艦はこれを探知するや攻撃が近いと判断していた。米原潜は1時間前の定時連絡で位置は通報していたが、ことが事だけに潜望鏡深度まで浮上すると衛星通信で状況を報告する。
そうりゅう型も米潜と同じ行動をとった。潜望鏡深度で極めて短い時間で電波を出すと再び潜航する。
恐らく台湾空軍のP-3Cが向かっているはずだったが、間に合うかどうか米原潜の艦長はやきもきしていた。緊急発進するか洋上の機があれば30分以内には駆けつけられるはずだったが、まだそれらしき気配が無かった。
台湾でも他国同様に対潜哨戒機は海軍が運用していたが、2017年のP-3C部隊の運用開始から空軍での運用に改められている。機数は12機で最低8機は常時稼働状態にある。
台湾海峡、南シナ海、東シナ海、太平洋と四面を哨戒する必要があり、12機で4面を24時間365日哨戒する任務についている。
P-3Cは8個のソノブイを投下し2万㎢を同時に監視できる能力を持っている。例えれば、四国がすっぽり入るくらいの海域だ。
しかし、台湾は日本ほど機数を持っていないので、24時間365日、300kmも離れた領海外まで監視するのは厳しい状況だった。
093B型潜水艦は、巡航ミサイルを発射するためには潜望鏡深度まで浮上しないといけない。タンクの水を少しずつ排水しながら2隻は徐々に深度を上げていく。
潜望鏡深度に達すると2隻は浮上をやめ、停止すると、静かにVLSのハッチを開き射撃を開始した。
台湾空軍のP-3Cは間に合わなかった。2隻の潜水艦から都合21発のミサイルが海面から飛び出して、西に向かって高度を下げながら速度は増していく。
2隻の潜水艦が搭載している弾数は12発ずつ、都合24発だったが、それぞれ1発と2発は発射できなかった。垂直発射管に残ったままだ。原因は分からないが、ミサイル自体の不具合であることは間違いなかった。
しかも2隻のうち北側の1隻には垂直発射管のハッチが閉じなくなるアクシデントが発生していた。「そうりゅう」が張付いている艦だ。
南側のもう1隻はハッチを閉じるとまた静かに潜航を始めていた。その15kmほど後方を米海軍のSSN-722「キーウェスト」が追尾を続ける。
台湾島の東側にもいくつかの固定レーダーは設置されているが、高度30m以下を超音速で飛翔する巡航ミサイルを300kmの距離で探知するのは不可能だ。
標高120の位置にあるレーダーサイトが一番高い位置にある固定レーダーだ。水平線までは約40kmになる。台湾島上空で警戒にあたるE-2Kであれば探知は可能だったが、ミサイル攻撃を受けて退避中であり、これも探知ができるよう状況ではなかった。
結果、YJ-18Bの探知は遅れた。最初に発見したのは海軍のフリゲート艦だった。台湾島の東岸から20kmの沖合で哨戒任務についていた成功級フリゲート艦「鄭和」である。
成功級フリゲート艦は米海軍のO・H・ペリー級フリゲート艦をライセンス生産した艦艇で、ターターミサイルシステムを搭載したミサイルフリゲート艦だ。この艦の対空捜索レーダーAN/SPS-49が艦から東の海上に18kmの地点で、複数の高速目標を探知した。
鄭和とほぼ同時に固定レーダーも探知する。
「鄭和」の艦長は即座に司令部に報告すると、敵の攻撃と判断して迎撃を指示した。が、この時点でYJ-18Bはマッハ3.0に増速を完了しており、「鄭和」には対応する時間が、15秒ほどしかなかった。
ターターシステムで運用するSM-1MRも76mm単装砲も40mmボフォースすら自艦を通過するまでに発砲することはできない。
唯一間に合ったのが艦尾に備えられたCIWSであったが、射程1.5km内にミサイルは入ってこなかった。例え射程内に入っていたとして、自艦に向かってこない横行目標に対応するのは難しかったであろう。
自艦を通過したが、「鄭和」のSM-1MRは2つの巡航ミサイルに対して発射されている。
SM-1MRは射程45kmであり台湾軍が装備しているブロックⅥは1980年から米軍に装備された最終型だ。
ブロックⅥはシーカー類も強化されており、最高速度はマッハ3.5が可能だ。後追いでおつけるかどうか艦長は素早く計算し、間に合うと判断していた。
速度差はマッハ0.5であり、実際に迎撃は十分に可能だった。鄭和は続けて残りの2発を発射する。
最初に発射した2発をイルミネーターは誘導しており、後続の2発は概ねの位置に向けて発射される。最初の2発の誘導が終わり次第に後続の2発を誘導すればよい。
艦上では連装のミサイル発射機にミサイルの給弾が始まっていた。艦長は間に合いそうなら更に発射する覚悟だ。
給弾は15秒ほどで完了する。だがこの15秒間に敵のミサイルは15km移動してしまうのだ。沿岸までわずか20kmなので、これ以上の迎撃は無理だった。
「鄭和」に続き、固定レーダーも巡航ミサイルを探知していた。固定レーダーからの情報を得た、天弓2型を装備する地対空ミサイル中隊1個も即応部隊であったため迎撃態勢に入る。
しかしマッハ3の巡航ミサイルは1秒間に1kmの速さで迫ってくる。探知した時点で38kmだが、データリンクを通して地対空部隊に情報が入るのに20秒ほど掛かる。リアルタイムになっていないのだ。
中隊のレーダーに目標の情報が入るが、ほぼ同時に中隊のレーダーも目標を捉えた。
中隊長は、即時発射を命じる。天弓2型はアクティブレーダーホーミングだ。敵ミサイルに向かうようにさえ発射すれば、後は天弓ミサイルのシーカーが目標を捉えて迎撃してくる。
少ない時間の中で即応状態にあった発射基3基が、立て続けに9発を発射することに成功していた。

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