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小説『海風』僕の話(6)【第一章を無料公開中】

 意識を取り戻した時、僕は自分のベッドで寝ていた。彼はベッドの横にキャンプ用のマットと寝袋で寝ている。看病してくれていたのだと思うと、素直にありがたかった。起こさないようにと思ったのだが、起き上がった気配で目覚めてしまったらしい。
「ごめん、起こすつもりはなかったんだ」
「いや、よかったよ。丸一日以上寝てたから流石に少し心配したぜ」
「そんなに……?悪かったね、巻き添えにして」
「いつだって俺はお前の巻き添えだからいいさ」
彼は気にしている素振りもなく、目を擦りながらあくびをしている。
「どうやって、ここまで?」
「タクシーを呼んだんだよ。救急車は色々と面倒だからな。俺たちが歩いたのはたかだか五十キロ足らずだから車だと一時間もかからない。笑っちまうくらいにあっという間さ。お前の体は重かったけどな」
申し訳ない気持ちと恥ずかしさでどうにも落ち着かない。そして何も考えられないくらいに頭も体も湿った毛布をかけられたみたいに重たくて、このままどこかへ深く沈んでしまいそうな気がした。
「とにかく、ありがとう。でも意識をなくしたまま、死ねたらよかったのに」
「ああ、まあお前はそう思うだろうな」
彼は寝転がって肘を枕にし、あくびを噛み殺しながら返事をした。
「彼女が死んだのは僕のせいだよ。彼女を拒否して、裏切って、踏みつけにした。彼女は自殺したんじゃないかな。なんたって、僕みたいなクズにフラれた形になったんだから」
なぜか少し笑っていた。嘲りと憎しみを含んだ乾いた笑いだ。一瞬、誰の言葉だか判別できなかったけど、なんだか僕という存在そのままが現れたような感じがした。全てがどうでもよくなって、今まで取り繕ってきた表向きの自分という皮がそっくり剥がれてしまったみたいだ。
「お前、マジでいい加減にしろよ。あいつはそんな柔じゃない。お前に呆れたのは事実だろうけどな」
「うるさいな。じゃあ答えてくれよ。なんで彼女は死んだんだ!彼女が、彼女がなんで死ななくちゃいけなかったんだ……本当は死んでないんだろ?君の嘘なんだろ?そうなんだろ!」
目頭と鼻の奥が沸騰してきて、必死に顔を上げる。嘘だと言ってほしかった。彼が嘘つきならどれだけ良かっただろう。でも僕の記憶にある限り、彼は嘘らしい嘘をついたことはない。
「知らねえよ。だからそれを確かめに行くって言ったろ?嘘だと思うなら自分で確かめるんだな!」
「ごめん。僕には無理なんだ。そんな勇気はない。知ってしまったら、確定してしまったら、もう僕は……」
僕の情緒は、別々のジグソーパズルのピースを無理やりにくっつけたみたいに、つぎはぎできちんとした形を保てなかった。ギュッと布団の端を握りしめながら、ボロボロと涙が溢れる。どんどん顔が剥がれていくみたいだった。
「はぁ。ずっとそうやって逃げるつもりかよ!ウダウダと妄想に取り憑かれて、現実を生きないつもりか?お前はいつだってそうだったけどな。彼女ですらお前を変えられなかった。だから死ぬしかなかったんだよ。お前が殺したも同然だ。死にたいなら勝手に死ね」
「わからないんだよ!僕だって自分の気持ちがわかるならどれだけ良かったか!君たちとは違う!僕は不良品なんだ。湧いてきた感情のどれが愛なのかなんてわからない!いっつも汚い感情ばかり浮かぶんだ!」
張り上げた声が喉に詰まり、苦しくて声を落とす。
「……きっと無いんだよ。僕の中にはくだらないゴミばかりが詰まっているんだ。何も、まともなものなんて何も無いんだよ」
「違うね。じゃあなんでそんなに泣いてるんだ?隠そうと必死なだけだろ。本当は愛を感じているのに、それが存在してしまったら今まで築き上げてきたものが壊れてしまう。感じてしまったら失うことになるかもしれない。だから最初からなかった事にしてるんだよ。ゴミを詰めたのは自分だって思い出すんだな。クソ野郎」
彼は言葉を投げつけて出て行った。僕の心を原稿用紙みたいに丸めてぐちゃぐちゃにして。耳の奥がざわめいて、何も考えられない。どこか静かなところへ行きたかった。でもそんな場所はどこにも無い。だってこの部屋はなんの音もしていないのだから。うるさいのは自分の内側で、このざわめきは、耳にハエが巣食ったみたいにどこまでもくっついてくるのだから。

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◆完全独力で執筆(執筆・編集・表紙デザイン)の処女作

「海まで歩こう」
何かの啓示のように頭を掠めたその思考は、なぜか心にしっかりと触れて、確かな感触を持って留まった。フラフラと飛んでいた間抜けな鳥が止まり木を見つけたように。どうせならあの砂浜まで歩こう。そうしたら僕にも、彼女が言っていた海風が分かるかもしれない。そして、愛とは何なのかも。(本文より引用)

「バイト、大学、読書」という定型の生活を送る大学生の”僕”。
突然話しかけてきて「友達」になった”彼”や、
別れてしまった”彼女”との日々によって、
”僕”の人生に不確実性と彩りが与えられていく。
僕だけが知らない3人の秘密。徐々に明らかになる事実とは?

「愛とは何か」「生きるとは何か」「自分とは何か」

ごちゃごちゃに絡まった糸を解きほぐし、
本当の自分と本物の世界を見つける物語。

<著者について>
武藤達也(1996年8月22日生まれ)
法政大学を卒業後、新卒入社した会社を1年3ヶ月で退職。
その後は山と廃屋を開拓してキャンプ場をオープン。
3年間キャンプ場に携わり、卒業した現在は海外渡航予定。
ブログ「無知の地」は限りなく透明に近いPV数でたまに更新中。

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