「市民社会におけるコミュニケーションのあり方を考えるフォーラム」開催によせて
土谷 和之さんと直接会ったのは一度だけだし、
その時には、ほとんど話をしていない。
2018年の年始に、ぼくと土谷さんの双方が関係する
NPOで不祥事が起き、それ以降、メッセージを交換してきた。
その過程で、土谷さんが他のNPOから起訴されたことを知り、
話を聞いたり、陰ながら応援をしてきた。
自分が関わったことで、何かが解決したわけではない。
やりたい事かと言われたら、そうじゃないと思う。
一銭にもならないし、むしろ持ち出しが多すぎる。
楽しい気分になることは少ないし、リスクが大きすぎる。
ものすごく深い義理がある…というわけでもない。
じゃあなんで、土谷さんが亡くなった後も、
こういうイベントを主催する側に立っているのか?
という事なんだけど、たぶん、理由は2つある。
1つ目は、ケアと同じ動機。
そこに自分を必要としている人がいるから、やる。
このイベントで扱う内容には、
きっと多くの潜在的な関係者がいて、
そうした人たちは、誰かが声を上げるのを待っている。
そのことの確信がある。
2つ目は、倫理を学んだ人としての動機。
良さや正しさは、常に議論や批判の対象になる必要がある。
議論や批判できない良さや正しさは、危険で、恐ろしい。
人間誰しも間違うし、組織なら尚更だ。
もし自分が何か「間違った」時に、
このセクターの中に、
ちゃんと自分のしたことについて、
議論したり批判したりしてくれる相手が欲しい。
最近、本を出版したから、余計にそう思ったりもする…
shop.yamanoshouten.com/items/63954817
そういう最低限の常識くらいは、これをきっかけに、
いろんな人に思い出してもらったり、浸透させておきたい。
そういうイベントです。
ご興味ある方、応援してくれる方は、ぜひページ最下部のリンク先へ。
市民社会におけるコミュニケーションのあり方を考えるフォーラムは、2020年に逝去された故・土谷和之氏(以下、土谷氏)とNPO法人ピースウィンズ・ジャパン(以下、PWJ)との間に起こった民事訴訟と、それに伴う一連の出来事を教訓として、今後のより良い市民社会形成(情報公開のあり方、会計報告のあり方、批判との向き合い方、訴訟のあり方、対話の重要性、など)のためにソーシャルセクター(※)へ活かしたいと考えた有志が、所属団体に関係しないソーシャルセクターの一個人として企画・開催します。私たちは、土谷氏とPWJの間に発生した意見対立と訴訟事件は、個別の問題ではなく社会全体の課題として受け止めるべきだと考えています。フォーラムの内容がソーシャルセクターにおける様々な対話や議論に活用され、多くの人の手でより良い市民社会が形成されていくための一助となれば幸いです。(※ここでは、営利・非営利を問わず社会課題に取り組む団体と、それにかかわる/支援する個人からなるセクターをソーシャルセクターという用語で表しています)
本フォーラムは、「個人の言論の自由を、普通の市民である私たち自身で守っていく」ことが、公正で自由で人権が尊重される社会につながるという前提のもと、下記の3つの論点について議論します。
Ⅰ.ソーシャルセクターにおいて、対話の文化と、そのための倫理を創っていくこと
寄付者(または多様なステークホルダー)とNPOの間で、じっくりとした話し合いが存在しなかったことは、一団体の問題ではなく 「ソーシャルセクターに、対話の文化とその倫理が明確化されていないこと」 にあり、今後それらを創っていくことが必要である。
Ⅱ.問題が生じた際には、「自省・自浄」を意識して行動すること
ソーシャルセクターで何か重要な問題が起こったと認識した際には、「自省・自浄」を意識し、何らかの行動をすることが必要である。
Ⅲ.ソーシャルセクター全体で、問題を生み出す構造そのものを改善する努力を行うこと
社会的に見て重要な問題が生じたと考えた際には、ソーシャルセクター全体で議論と対話を行い、個々の事例に対する糾弾ではなく、自らの問題として「問題を生み出す社会的な構造」を改善することが必要である。
全文・詳細はこちらから。
https://220904forum.peatix.com
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