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平川唯一さんのこと

「カムカム英語」について直接知らなかった私にとり、それは伝説であった。それが、2021年後半からのNHK朝の連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」で、タイトルとなって私たちの目の前に現れた。
 
放送も最終回へと近づいてきた頃、ふと書店でこの本を見かけた。これは読むべきものだろうと直感して、手に入れた。『「カムカムエヴリバディ」の平川唯一』(平川洌・PHP文庫)である。
 
それが感謝な導きであったことを、直ちに知ることとなる。明治から昭和にかけて、「われ太平洋の橋とならん」と日米をつなごうとしたのが新渡戸稲造なら、第二次大戦後に架け橋になったのが、この平川唯一(ただいち)さんであったことを知る。それに加えて、ソニーの創業者たちが、いかにソニーの機材の販売に寄与したとはいえ、日本に民主主義を運んできた人だとか、戦後日本経済の原動力だったのだとかまで言っている。戦後の有名人は、マッカーサーと吉田茂に次いで平川唯一だ、とまで見られていたという。
 
著者は平川洌(きよし)さん。唯一さんの次男である。だが、次男であるにせよ、よくぞここまで父親の生涯について調べ、述べることができるものだと看服する。もちろん、そのために多くの人の協力を必要としている。ずいぶん苦労されただろうと思う。
 
ここで唯一さんの生涯や、そこに収めてある「カムカム英語」番組の原稿などを紹介するつもりはない。お買い求め戴ければ幸いである。ただ、唯一さんがアメリカで幾人ものクリスチャンと出会い、キリスト教信仰をもっていたのみならず、教会での教師の職に就き、やがて牧師補の資格も取得していたことなどが、本書で明らかにされていることはお知らせしてよいかと思う。
 
すべての放送は生放送であり、唯一さんは完全原稿をつくり、何度も読み、時間を計って準備をしたというから、毎回精魂込めて番組をつくっていたことが偲ばれる。放送前にマイクの前で長いこと祈っていたという姿を、丸山一郎さん(後述)が目撃している。
 
クリスチャンであることを隠すことはしなかったが、信仰を強要するようなこともなかったという。英語講座でも、アメリカ文化ということで、クリスマスや母の日を紹介しても、信仰くさい話ではなかった。だが、当時の日本人にそれらを好意的に受け容れる素地をつくったことは間違いないと思われる。
 
いわゆる玉音放送の準備にも関わったそうだが、戦後は英語番組を始めることになる。マッカーサーやGHQからも期待され、英語講座が、日本中に大ブームを巻き起こしていくことになる。
 
唯一さんから、英語と信仰を受け継いだ、ただ一人の弟子がいる。ファンレターの整理やテキストの編集などをしていたという。いまなお千葉で名誉牧師という立場である方である。そしてその教会では、唯一さんから勧められて開かれた「カムカム英会話」教室がある。この習志野バプテスト教会のウェブサイトにある「お誘いのことば」は、押しつけがましくなく、まるで平川唯一さんのように爽やかに、そして信仰の神髄を貫いたような、熱い言葉に包まれている。この(二つの意味をかけての)唯一の弟子が、丸山一郎さんである。
 
アメリカで、英語で呼ばれるときにあたり、英語の呼び名をつけることが多い。唯一さんは、Joeはどうかと提案され、新島襄と同じだ、と喜んでそれをもらった。ドラマをご覧になっている方は、これで私が何を言いたいか、お分かりだろうと思う。唯一さんが岡山(高梁市)の出身であることも含めて、このドラマは、平川唯一さんへのリスペクトこそが、その根幹であったはずだとしみじみ伝わってくる。
 
信仰に生きるということ、「日々鍛錬し、いつ来るともわからぬ機会に備えよ」との真摯な生き方、そして最後にお子さんやお孫さんたちの言葉が集められているが、そこから窺える日常における人柄からも、鑑とすべきクリスチャンであることを覚えた。深く感動する本を、ありがとうございました。

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