インフルエンサー ~代わりに選択する者~

ここ最近の私の記事で迷うことを書いてきました。

どちらも迷うことがストレスであったり、無駄なことであったりという考えが元になっている話です。
詳しくは上記参照ということで。

そんなことを書いた折、Twitterでこんなツイートを発見。

まあもろに選択することがストレスというDMを紹介してますね。
選択したくない理由はいろいろあるのでしょうが、ここまで来ると人に選択させること、選択肢を与えること自体が悪なような気がしてきました。

それでは、と思うところが、人に選択をさせないために誰かが分別をつけて選択を行い人に勧める人がいるはずです。
それこそがインフルエンサーなりメディアなりといった拡散主なのでしょう。(上記ツイートのようなシステムなんかも含む)
これらが世の中にあるものを吟味していいものを選び出し、それを提供する。
こう書くと責任重大な話なような気がしてきました。
人々が選択をしなくてもよい生き方をするためにはインフルエンサーらの腕にかかっている、みたいな話になるわけですから。
下手すれば良くないものを勧めやがって(押し付けやがって)と変な逆恨みが出るかもしれない。

選択をしない生き方はすなわち決定権を他人に渡す生き方でもある。
これと他人に選択権を提示されて自分で決定するのとでは話が違う。
ものを勧めるインフルエンサーだって「これいいよ」と選択肢を増やす存在であってもそれを強制するための存在ではないはずだ。
人の人生の決定をする存在ではないと思う。
彼らの勧めるものを吟味してから自分に取り入れるか選択していきたい。
それは楽ではないし、誰かに責任を転嫁することもできないけれど。

流行という川に流されるなら、せめて自分が流される川くらい自分で選びたいものだ。





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