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コロナ下の介護事業所で何が起こっていたか【第33回マスクの向こう側】

<まえがき>高齢者が多いため、通常より高いレベルでの感染症対策が求められる介護施設。コロナ流行期には、どのようなストレス・トラブルがあったのか、都内で介護事業所を経営する方にお話をお聞きしました。「感染症対策」に限らず、「求人」「経営」など様々な点で、変化が感じられます。

●スタッフ間でも意識に差があった
●不況に強い介護業界。求人募集をかけたら…
●「国の蛇口、壊れた」って、どういうこと?

―自己紹介をお願いします。
都内で有料老人ホームを経営しています。

―一般的な有料老人ホームとは少し違うんですよね。
普通はマンションタイプの集合住宅をイメージされると思いますが、うちは戸建ての住宅を利用しています。そこに介護の必要な方や認知症の方を何名かお預かりして、共同生活を送るようにしています。基本は相部屋で、台所・トイレは共有です。その分、利用料が安く済みます。東京は有料老人ホームに入るのに月30万円とも言われていますが、うちならその半額程度です。イメージ的には「介護版のシェアハウス」みたいな感じです。慣れればアットホームな暮らしを送れるのも魅力だと思います。

―あまり聞きなれない施設ですね。ルーツはどこにあるのですか。
「何の愛着もない集合住宅のような場所で死にたくない」。20年くらい前、そう思ったのをきっかけに始めた事業です。今でこそ珍しいですが、昔は似たような場所が都内にもありました。当時は今と違って、入居者さんが10人以下の小規模事業所であれば行政への届け出が必要ありませんでしたので。ただ、徐々に防災面での問題が起こり、消防法などの法律が改正され、基準が厳しくなっていきました。ここ数年は、だいぶ減っていると聞いています。

―コロナによる影響について教えてください。
3月頃から、厚生労働省からコロナに関する通知や通達が大量に送られてくるようになり、異変を感じました。施設内の感染対策マニュアルが送られてきたと思ったら、数日後にはそれの修正版が送られてくるなど、尋常ではない量なのです。正直、「何がリアルなのか」追いかけるのも難しいほどでした。
困惑したのは現場のスタッフ達です。うちは共同で生活する分、他の介護施設に比べると“密”の度合いが高くなります。感染対策も、基準より、厳しめにならざるを得ません。スタッフの中には、出勤するたびに玄関先で衣服をすべて着替える人や、初孫が生まれたけど「もしもがあったらいけない」と言って会いに行くのを控える人まで出てきました。そこまで真剣に考えてくれるのは、ありがたいことですが、当時はスタッフによって危機感にもばらつきがありました。「私はここまでやっているのに、あなたはどうして」と自粛を強いるような場面もあり、職場はかなりピリピリしていたようです。

―経営層として、そこはどんな風にフォローをしたんですか。
いや、実は、その時期、ハワイに出かけていまして…。

―ハワイ、ですか。
もともと、親戚の結婚式が行われる予定で……結婚式自体は中止になったのですが、半年以上前から予約をとっていたので……こんな機会はもう二度とないからって。でも、行ってすぐにワイキキビーチが閉鎖になり、ショッピングモールも飲食店も全部休業に。10日滞在の予定だったのを前倒して8日で戻ってきました。それからしばらくは針のむしろですよ。「こんな時期にハワイって……」職員の目も厳しくて。でも、言い訳をするようですが、当時は渡航制限も出ていなかったし、別に何かを禁止されていたわけではないんです。ただ、コロナに対する共通理解がない分、ピリピリしていただけで。もし、これから同じようなことがあるのなら、「行かないほうがいい」「行くな」国としての対応を、できるだけはっきりさせてほしいですね。私もあの時、いっそ「行くな」と言われていた方がどれだけ楽だったか(笑)。結局、スタッフへの申し訳なさから、マスクを2000枚自費で調達して、プライベートでも使えるようにプレゼントしました。かなり高額でしたが、喜んでくれてよかったです。

―コロナ前後で、どのような変化がありましたか。
求人が一番大きいですね。介護業界は採用が難しく、離職率が高いのが悩みの種です。それでなくとも、ここ何年かは売り手市場ということもあり、かなり苦戦していました。それがこの4月、Web経由で突然応募が3件きました。何年も前に作ったきり放置していた、成果課金型の採用サイトを見て応募してきたと言うのです。聞けば、コロナの影響で飲食店の仕事を失ったとのこと。おかげさまで、20代の若者を採用することができました。また、それとは別に5月のGW明けに求人媒体に求人を掲載したところ、20件近く応募が集まりました。これまでには考えられなかったことです。介護は普段は人が集まりにくい業界ですが、不況になると人が集まってくるんですよね。

―実際、介護業界は、不況に強いんですか。
介護と一口に言っても、業態は様々で、中には、リハビリに特化したデイザービスなど一部不要不急といわれているものもあります。そういうところは売上減になったと聞いていますが、それ以外の多くはライフラインに直結した、なくてはならないものです。実際、うちもそれほど大きいダメージはありませんでした。稼働率がちょっと落ちた程度です。そもそも、介護業界の元請けは国ですから。建設業であれば元請けの進退は死活問題ですが、介護に限っては徐々に法律が改正されて収益構造が変わることがあっても、いきなり仕事がなくなるということはありません。そういう意味では不況は関係ないと思います。
むしろ、6月に入ってからは、業界団体が頑張ってくれたこともあり、補助金など、行政から介護業界へのお金のばらまきが目立つようになってきました。たとえば、感染対策に費やしたお金は全額補助するなど。ありがたいことですが、やりすぎな感じもします。たとえば、ウイルスの室内流入を防ぐと言われている簡易陰圧装置という設備があるのですが、1台400万円強の費用を10割補助、つまり全額補助すると言っています。しかも、制限なしで何台も申請できると聞いた時は、国の蛇口が壊れたと思いました。もちろん、利用できるものは何でも利用させてもらいますが、それも元をただせば私達が納める税金なわけですから……正直、大丈夫かなと心配の方が大きいですね。

―これからの介護業界の展望について教えてもらっていいですか。
安易な営利目的がいいとは言いませんが、ボランティア感覚の福祉ではダメだと思います。国の財源におんぶにだっこでは、業界として成長も期待できません。たとえば、ある施設を運営する上で、法律で「5人配置」と規定されていたとします。でも、企業努力で1人1人のクオリティを上げたり、AIやロボットでカバーしたりすれば、5人ではなく「3人」で回せるかもしれません。それによって、利用料も安く抑えられるかもしれません。でも、現在の国の方針では、どれだけ努力しても、国から出るお金は一律決まっているので無駄でしかありません。今後、コロナを機に様々なものが見直されると思いますが、介護業界もそういう創意工夫を制度的に動機付けするなど、介護をきちんとした産業として機能するようにしてほしいですね。(Sさん/介護事業所経営者)

コロナ前後で大きく世界は変わると思います。1年後、5年後、10年後、「あの時、何があったのか」をしっかり振り返ることができるように書き残していきたいと考えています。フォローしてもらえるとすごく嬉しいです。twitterもやっています。

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