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横浜家系ラーメンが食べたい

 家系ラーメンが食べたい。

 硬さ・味の濃さ・油はそれぞれ、固め・普通・少なめにしてくれ。油はあまり得意じゃないが、ないのも味気ない。少な目くらいがちょうど良い。

 豚骨醤油味が良い。たまに塩豚骨に浮気もするが、やはり醤油豚骨が良い。

 届いてすぐ、なにも入れずにひとくち啜る。

 豚骨の甘みと香り、醤油スープの塩味とコク、そして太い麺の甘みが口いっぱいに広がるのが良い。太くてコシのあるぷりっぷりの麺は噛めば噛むほど甘みが出て、そこにレンゲでスープを追い入れるのがまた良い。

 そのひとくちを堪能したら、生姜を入れて、ラー油を少しだけ垂らして、少量の刻みタマネギを入れる。周りの客も各々の量を入れている。横浜家系ラーメンはカスタマイズするものだと友達が言っていた。今ではその意味が分かる。

 俺は生姜が少し多いくらいが好きだ。甘みと塩味に満たされた口に、生姜の辛みと爽やかさが吹き抜ける。それはさながら蒸し暑い部屋でクーラーを入れた時のような、清涼感、爽快感、そして快感だ。

 忘れがちだが重要なものがある。ホウレンソウだ。あの青臭さ、苦み。苦手と言う人もいるだろうが俺は好きだ。

 豚骨醤油スープ(生姜・玉ねぎ・ラー油入り)と共にホウレンソウを口に入れる。その瞬間、俺の口には甘味辛味塩味苦味が一体となりひとつの宇宙が生み出される。噛むとホウレンソウの隙間に入っていたスープがジュワッと溢れ出し、その宇宙はオーロラめいて無限に形を変える。これを初めて味わったあの日、「社会人ならばホウレンソウが大事」という言葉はこういうことだったのかと感心したものだ。

 さらに忘れてはならない、大事なものがある。ご飯だ。小ライスでも中ライスでも良い。俺はいつも中ライスだ。これを、スープに浸かった海苔で巻いて食べる。これは危ない。無限の宇宙で更なるビックバンが生まれてしまい形を保てなくなってしまうので、俺は海苔は3枚までと決めている。

 海苔は自らがしっかりと吸い込んだスープをご飯に受け渡し、ジューシーなスープライス・ボウルを形成する。それをひとくち齧れば、口の中にジュワッと溢れ返るスープ。これはホウレンソウの比ではない。揚げたての唐揚げ、蒸したての小籠包……スープライス・ボールは、そういった"ジュワッ"シリーズの風雲児だ。芳醇なスープの香りと日本人の魂に刻まれたソウルフード・ライスの味が口の中に一斉に広がる。それを食べるたび、俺は日本に住んでいて良かったと思う。ライス、ラーメン、海苔。ジャパン。ブラボー。

 そうして夢中で食べるうちに汗が出てくる。そんな時に食べるのは味玉だ。店によって大きさは様々だがウズラの卵がスタンダードだと思っている。

 卵には上がった体温を下げる効果などないが大体汗が出てくるころになって卵を食べると滅茶苦茶美味しいから良いのだ。様々な味が混然一体となったラーメンという宇宙において唯一強力な主張をする味玉という存在はその宇宙の核でありつまり北極星である。古の船旅において北極星は道しるべであった。それは自己を見失わぬ標であり、迷ったときに帰る場所だ。味玉はまさしく横浜家系ラーメンという混沌における標である。

 その後、可能ならばスープを飲み干す。口の中に広がる甘味と塩味を堪能する。味玉という北極星を見つけた俺はそのカオスの中でもしっかりと現実に帰ることができる。生姜や麺の欠片やホウレンソウ、そういったものを全て引き上げ、堪能する。なおここで重要なのは飲み干すことではなく「堪能する」ことだ。胃の内容量が溢れそうなのにカンマク(註:スープまで飲み干すこと)をするのはオススメしない。そのあと吐いてしまったら元も子もない。無理をしないことが大事だ。

 飲み干して息をつくと、温まった身体から暖かい息が漏れる。全身に漲る炭水化物のエネルギィはきっと午後の仕事に差し支えるであろう。そんなことは知るか。今この瞬間、日本に生きていることを感謝できることが重要なのだ。

 ああ、横浜家系ラーメンが食べたい。

 横浜家系ラーメンが食べたい……


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