トレンチコートとモッズコート Act.1 岩窟族の隠れ里 #1
シトリとトゥは荒事専門のよろず屋で、トレンチコートのサムライと、モッズコートの格闘家のコンビだ。サムライのほうがシトリ、武道家のほうがトゥ。彼らはいつも同じバーにいて、依頼がくるまで酒を飲んでいる。
その日は妙に寒い日だった。街には雪が降り積もり、空気は鋭く澄んでいて、北風が道行く者を容赦なく凍らせていた。
トゥはそんな風景をカウンターから見える窓越しに眺めていたが、不意に視線を外すと大きく欠伸をした。
「シトリー。何分経った?」
隣のシトリはグラスに目を落としたまま答える。
「先程お前に"何分経った?"と聞かれてから6分経った」
そんな非生産的な会話を聞いたマスターが、軽く笑ってトゥに話しかけた。
「トゥ、お前そんなに暇ならその辺にある本でも読んでろよ」
「俺様は字が読めねーの」
「この機会に読めるようになったらどうだ?」
「いーよ別に。シトリがいるし。な?」
「………………」
当のシトリはグラスを覗き込んだ姿勢から動かない。その顔を覗き込み、トゥは溜息をついた。
「…………寝てら」
時刻は15時を回った頃。店内には寒さから逃げてきた旅人たちがくだを巻きはじめ、いつもより早めの宴が始まりそうだ。
そんな時、シトリが顔を上げた。
「…………ん」
──カラン。
同時に、バーの扉が開いた。全開にされた戸口から冷たい空気が吹き込んで、トゥが思わず身を縮める。
「うぉっ……おい、寒みぃから早く閉め──」
入り口に顔を向けて文句を言いかけたトゥは、その姿勢のまま固まった。気付けば、店にいる旅人たちも静まり返っている。怪訝に思ったシトリも入り口を向き、そいつを見た。
そこには、タンクトップのマッチョマンが立っていた。肩に麻袋を担いでおり、山脈のような肉体に雪が積もっている。そいつはカウンターにいるシトリ&トゥに気付くと破顔し、軽く屈んで店へと踏み入った。
「君たちがよろず屋さんかい?」
長年使い込まれたアコースティック・ギターのような、温もりと力強さのある声だった。そいつはカウンターまでやってくると、マスターにミルクを注文した。トゥは眉を潜め、そいつに問いかける。
「なんだ? 依頼か?」
「ああ。私はクアド。見ての通り旅人だ」
「へー。大雪の中、裸足で旅をする旅人は初めて見たわ」
トゥの言葉をスルーして、クアドはボディビルダーのような笑顔のまま言葉を続ける。
「君たちは荒事専門の……凄腕のよろず屋だと、噂に聞いた」
そこで言葉を切って、クアドは頭を下げた。
「頼む。我々の村を──助けてくれ」
***
車で8時間ほど走ったところに、その村はあった。車に並走して走るクアドが、車内の二人に声をかける。
「見えたぞ。あれが岩窟村だ」
「やーっと着いたか……」
ハンドルを握るトゥは呟いて、助手席で眠るシトリを小突いて起こした。
道中聞いたところによると、クアドは岩窟族という人外だそうだ。彼が雪の中、自動車に走って並走できるのもそういうことらしい。
彼の村はそのものズバリ岩窟村と呼ばれている。最近そこに人間が重機を伴ってやってきて、採掘させろと言い出した。棲家を追われる危機だが、人殺しはしたくない。なんとか人間たちに諦めてもらえないだろうか──依頼の内容はそんなところだった。
村の入り口で車を停めて、三者は村へと歩く。この辺りまで来ると雪も減っており、あたりには赤茶けた岩場が広がっていた。途中にあった大岩の前でクアドが立ち止まって、口を開く。
「この辺りの岩は……」
クアドが大岩を小突くと、ごぃんごぃんと岩とも金属ともつかない独特の音がする。
「こんな風に、少し特殊な岩石でね。岩窟族にとっては大切なものなんだ」
ボディビルダー・スマイルで説明するクアドの前で、シトリは目を細め、呟いた。
「──囲まれたな」
「え?」
ガラッと石が転がる音。大岩の上や付近の岩陰から、武装した人間たちが姿を表す。大岩の上、全体を見渡せる場所に陣取っている女が声をあげた。
「この悪魔! 仲間を連れてくるなんて卑怯者め!」
恐らくこの一団のリーダーかなにかだろう。オレンジ色の髪が特徴的な若い女だ。
「岩窟族クアド! 今日こそ──」
「うるっせーな。こっちは長距離運転で疲れてんだよ」
「うわっ!?」
いつの間にか、オレンジ髪の女の背後にトゥが座っていた。周囲の人間たちも気付かなかったようで、突然の事態に色めき立つ。トゥは女の腕を取り拘束すると、首元にナイフを突きつけ、あたりを見回した。
「おいおめーら、武器をおろせ。そんでこの女に免じてここは見逃せ」
「言葉の使い方がおかしいぞ、トゥ」
トレンチコートをはためかせながら、シトリが声をあげ、クアドに視線を遣った。
「クアド。一旦逃げるぞ」
「えっ……」
言うが早いか、シトリは駆け出す。なにか言いたげだったクアドもあたりを見回し、シトリの後に続いて駆け出した。
女を人質にしたトゥは、両者が逃げた頃合いをみてあたりを見回す。武器こそ向けられていないものの、隙を見せたらどうなるかわからない。
「さて、逃げるか。おら立て」
「いったたたた! 畜生! 離しなさいよ! この悪魔!」
「るせぇ。こっちは仕事だ」
暴れる女を盾にして、トゥもまたその場から逃げおおせる。
シトリの向かった方向は大体わかっている。トゥは女の腕を極めたまま器用に担ぎ上げ、駆け出した。
(つづく)
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