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『「正しい政策」がないならばどうすべきか』



ジョナサン・ウルフ『「正しい政策」がないならばどうすべきか』の日本語訳である。昨年末に発表させていただいた「メタ科学技術ワークショップ」を主宰されている神戸大学の松田毅先生に教えていただき、年末に読んだ本である。

AIやロボット、ゲノム編集等の領域において、昨今ELSI(Ethics, Legal and Social Issues)の重要性が高まっている中で、日本でも哲学者が具体的な政策形成に参画する流れが生まれてきている(医療分野については伝統的に生命倫理に関する問題意識が共有されているため、哲学者の関与がなされてきたと言える)。

一方で、英国では、伝統的に公共政策に(政治)哲学者が加わることが当然の前提になっているようだ。だが、哲学者が政策に役に立たないばかりか、有害であるケースも増えてきている反省がウルフの本書の前提になっている。価値観が多様化・多元化している中で、理論的に解を導き出せる政策課題はほとんど存在しない。そのような状況のなかで、伝統的な哲学は、明確な正義の理論や共通善の説明を作り上げ、それが多くの政策課題について正解を示すようなアプローチを採用してきたが、それは成功しない。哲学者は原理・真理に拘泥せず、心理学、経済学、法学など全般的なアプローチを採用するべきと、哲学と公共政策をつなぎ直すことに言葉を砕いている。本書は、政策と哲学のあり方の現況を整理するために有用な一冊である。

本書では、動物実験、ギャンブル、ドラッグ、安全性、犯罪と刑罰、健康といった具体的な政策課題に対するウルフのアプローチが論じられており、読みやすい。各章の最後に「哲学にとっての教訓」と題された分析と哲学者としての内省が記載されている。著者は、原理・真理を追求する従来からの哲学の意義も否定しない。これらは長期的に社会に大きな変化を及ぼす可能性がある(余談になるが、いま読んでいる國分功一郎『原子力時代における哲学』はむしろ哲学のこのような意義にフォーカスしているようで対照的である)。

「哲学者が得意とする武器は、公共政策においてはやや切れ味が悪いということだ。それは、矛盾を指摘するという武器である。(中略)理想的には、当然ながら矛盾はない方がいい。しかし、多くの法律は、対立するさまざまな利害の妥協の産物であり、さまざまな法律が異なった人々によって、異なった目的のために、異なった時代に作られている。一貫性を望むのはいいが、それを期待するのは馬鹿げている。そして、矛盾を指摘しても、それは決定的な論拠にはならない。またしてもここで、哲学と公共政策は議論の基準を異にしていることが分かるのだ。」(P114)

それでは、哲学者は公共政策において何をすべきなのか?ウルフの回答は本書の中に出てくるので、ぜひ読んでみてほしい。

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