やっぱり皮がスキ 19

J⑦

 マドカに案内されたのはショッピングモールだった。広さでいうとどうだろう、フォートスチュワート駐屯地内にあるマーケットより一回り小さいくらいだろうか。でも中に入ってビックリした。さほど大きくない建物の中に、これでもかというくらい沢山のショップが押し込められているではないか。ショップ一軒分の広さは、駐屯地のマーケットのピザコーナーにも劣る。
 マドカがあれこれと物色するのに付き従う。「この辺りを案内してくれる」と云っていたのに、ショッピングに付き合わされている感じだ。でも、マドカとマドカの家族にはとても良くしてもらっているし、黙って従おう。それどころか、感謝の気持ちをプレゼントか何かでお返ししたいのだけれど、出来ないことが悔しい。早くカードが復活してくれることを祈るばかりだ。
 それなのにマドカは、着替えが少ないオレのためにTシャツを買ってくれると云った。もちろん断ったのだけど、洗濯が楽になるとか、ワゴンセールだからとか畳みかけてきて、結局買ってもらった。
 それからアーケードのクレーンゲームでは、パンダのスタッフドを欲しそうにしていたので僅かな手持ちのジャパニーズ・エンを使ってチャレンジしたが、二人とも取れなかった。あの丸っこい形はアームでしっかり掴めないことを学習したので角がたくさんあるモノを探すと、ガンガルのフィギュアがあった。これなら引っ掛かりやすそうだとトライすると、一回目であっさり撮れた。これはハヤトにプレゼントしよう。
 それからムーンバックスに行ったが、日本のムーンバックスは驚くほどに窮屈だ。シアトルの一号店がこんなにゴミゴミしていたら、今のような成功はなかっただろう。その店ではマドカの友人らしき男女と隣り合わせた。なんというか、特に女性の方が屈辱的な顔をしていたが、タダならぬ因縁がありそうだ。女同士のいざこざには関わらないに限る。
 最後に訪れた場所は、今回の旅の中で、最も印象的な景色だった。
 日本文化の象徴のような建築物と、キラキラと輝く海、柔らかな曲線を描く小さな島々。感動的でさえあった。一生忘れないだろうと思うほど、ビューティフルだった。そして、建築物の高層階で潮風に吹かれるマドカは、少し大人びてみえた。年齢的には充分に大人なのだけど。
 翌日は朝からお父さんとお兄さんの畑仕事を手伝わせてもらった。炎天下でナスやキュウリを収穫し、肥料をやり、雑草を抜いた。Tシャツが汗まみれの泥まみれになった。マドカに新しいTシャツを買ってもらっておいて良かった。
 夕方、風呂から上がるとイサキ農機のクラモチさんからメールが届いていた。ゲーゲロ・トランスレーターで翻訳したところ、本社の技術部員たちからも、これという情報は得られなかったそうだが、その代わりにと、日本人で『ミウラ』という名前の著名な学者をリストアップしてくれていた。親切なことに、それぞれのプロフィールや顔写真が載っているサイトへのリンクまで貼ってくれている。
 なんという心遣いだ。
「ごめん、誰も知らないって」とたった一行返事するだけで彼の任務は全うできたのに、ここまでしてくれるとは。「お・も・て・な・し」の国ジャパンは真実だ。とにかく素晴らしすぎる!
 クラモチさんにはこれでもかというくらいの感謝の言葉を書き連ね、ゲーゲロ・トランスで日本語にして返信した。
 そして、このリストをサミーに転送する。顔写真があるのだから、これでドクター・ミラーだかドクター・ミウラだかの正体が突き止められるはずだ。
 夕食と共にASAHIをいただく。沢山汗を掻いたせいか、一口目の喉に沁みる感じが堪らない。ASAHIサイコー。USAに戻ってからも買えるだろうか?
 マドカが帰って来て食卓に加わった。今日はお兄さんたちは来ていない。マドカは明日一日働けば、明後日からヴァケイションだという。旅行に行かないのかと尋ねると、計画を立てていたのに一緒に行く予定だった友達にドタキャンされて何も予定がないと云った。
 不意にローズのことを思い出した。オレもバケーションをドタキャンされ、計画が全てパーになったっけ。オレの不幸はあそこから始まっているような気がしてならない。
 部屋に戻って横になる。さて、どうしたものか。このままここにいても、調査は進展しそうにないが、クレジットカードが使えなければ動くに動けない。
 そのとき、スマートフォンの着信音が鳴った。サミーからだ。
「メール見たぞ」
「どうだった?」
「ダメだ。あの中にはいない」
「なんだって? そんなはずないだろう。もっとよく見てくれ」
「何度も見たさ。でも、あの中にはいない。きっと『ミウラ』じゃないんだ。『ミラー』なんだよ」
「なんだよ。また振り出しかよ」
「時間がないんだ。急いでくれ」
「判ってるけど、カードが使えないんじゃ動けねぇ。そっちこそ早くしてくれ」
「悪い。もう少し待ってくれ。副司令の秘書官が動いてくれてはいるが、どうやらきな臭いカードらしくて、手間取っている」
「きな臭いカードってなんだよ?」
「判らねぇけど、例えば基地の裏会計とか?」
「マジかよ。何てモノを持たせてくれるんだ」
「とにかく、それは急がせるから、そっちも頼むぞ。場合によっては軍属であることをバラしても構わないから、なとかブツを入手してくれ」
「ったく今更だけど、名前も所属も判らない人間をどうやって探せって云うんだ」
「だから、米軍でロボットの開発をした科学者くらいまでなら云っていいから、何とか見付け出してくれ。頼んだぞ」
 切れた。
 なんなんだよ。そこまで云って良いなら、最初からそうしてたさ。
 だからと云って、なんともやりようがない。クラモチさんに改めてロボット技術者を探してくれと頼んでみるか? しかしなぁ、トラクターの技術者にロボット業界との繋がりなんてあるか?
 うーん・・・、そうだ、ロボット技術者の業界団体とか無いのかな? ゲゲってみるか。
 『Japan Robot engineer』と入力してリサーチ。なんか色々と出て来たぞ。その中から『Japan Robotics Society』のサイトに飛んでみた。会員数3,601人。大学や企業も多数参画しているようだ。ソミーやヨヨタといった日本が誇る大企業の名前もある。会長はケイヨ・ユニバーシティのプロフェッサー・ヨウイチロウシノハラ。ケイヨ・ユニブなんて聞いたことはないが、会長がいるくらいだから、それなりに情報はあるだろう。この辺りから攻めてみるか。

 翌日、マドカは最後の一日に意気揚々と出掛けて行き、オレは今日もナスの収穫を手伝った。11時過ぎ、午前の作業が一段落したところで、ケーヨー・ユニブのシノハラ・ラボラトリに電話を掛けてみた。スマートフォンをスピーカートークにして翻訳機に訳させる。
「はい。京葉大学シノハラ研究室です」
 スマホから漏れ聞こえた声は若い男、もしかしたら学生かもしれない。
「すみません、ちょっとお尋ねしたいのですが?」
「はい」
「実は、アメリカで二足歩行ロボットの開発に関わった技術者を探しておりまして・・・」
「はい」
「えっと、ドクター・ミラーと呼ばれていた人なのですが、そういう方に関する情報が何かありませんでしょうか?」
「はい?」
「いや、ですから、ドクター・ミラーという人を探しているのです」
「そう言われましても・・・」
「ドクター・ミラーはご存知ですか?」
「博士の鏡って、ちょっと意味がわかりません。すみません」
「ですから、ドクター・ミラーという、アメリカ陸軍と共同でロボット開発を行った技術者を探して・・・」
「すみません。よく判らないので、切ります。申し訳ありません」
 切られた。
 なんだよ、「お・も・て・な・し」の国、ジャパンじゃないのかよ!
 なんだか話が伝わってないみたいだったな。やっぱ、翻訳機がおかしいのか? 明日はマドカも休みだし、代わりに電話してもらおうかな。

 夜、お兄さん家族もやって来てASAHIをグビグビ飲んでいると、マドカが帰ってくるなり勢いよく云い放った。
「ジェフ、明日から東京に行きます!」
「東京? なんで?」
「あ、千葉県です」
 マドカが云うには、ハヤトが千葉県に住むオジサンに会いに行くらしいのだが、そのオジサンとは千葉の大学でロボットの研究をやっている偉い人だそうだ。その人なら、オレが探しているパーツのことを何か知っているのではないか、というので、ハヤトとマドカとオレの三人で千葉に向かうことになったと。
「え、それは迷惑でしたか?」
 突然のことで困惑したオレに気を遣うようにマドカが覗き込む。
「いや全然。ありがたいよ」
「よかった。自分で決めて、ちょっと幻想だと思いました」
「本当にありがとう。ちなみに、そのオジサンが通ってる大学って何という大学?」
「なんだって? トウヨウか、キョウヨウか・・・」
「ケイヨ?」
「あぁそうです。京葉大学! 千葉県の留山(とどめやま)市にあります」
 トドメヤマ・シティはラボラトリのHPにも書いてあった。間違いない。何という偶然。神に感謝だ。
「明日は正午過ぎに出発し、ハヤトくんを迎えて高速で走り、明後日の朝に千葉県に到着します」
 そこへお兄さんが口を挟む。
「千葉はあなたの車で行きますか?」
「私はそれをするつもりです」
「こんな小さな車で10時間走りますか? ジェフは窮屈ですよね? 車を貸します」
「えっ、いいのですか?」
「あさこフィットで、こんなに小さなおんぼろで本州を高速で走るのも心配いりです」
「ありがとうございました。生まれて初めて兄ができてよかったです」
「初めてです! しかし、決してそれを壊さないでください」
「ええ、頑張ります」
「さて、今日はジェフの送別会です。千葉に行ったらどうしますか?」
 兄妹のテンポの良い珍妙なやりとりに聞き入っていたため、反応に一瞬遅れた。
「あ、えっと、まだ分かりません。そこですんなり目的を果たせれば、アメリカに帰ることになるでしょうけど・・・」
 お兄さんは感慨深げに続けた。
「本当に。しかし、ジェフがいて良かったです。お盆前の収穫はもうすぐ終わり、お盆で休む可能性が高いです。ねえ、老人」
「ああ。結局のところ、外人は体力が異なります。コージもよく食べて、ジェフのように育ちます」
 お父さんは優しい眼差しで孫を眺めた。チキンに噛り付いていたコージは口をモグモグさせながら、「Yes, I’m going to do that」と云ってハニカミながらオレを見たので、「Hang in there!」と返す。
「え、なになに? いま、何て云ったの?」
 お兄さんがお道化て問い掛けると、みんな笑った。
 ただ一人、マドカだけはどこか寂しそうな笑顔に見えた。

『やっぱり皮がスキ 20』につづく


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