やっぱり皮がスキ 20

M⑦

 リモコンのエンジンスターターで兄貴のオデッセイにエンジンを掛ける。リモコン・ドアロックは便利だけど、どうせ乗り込むんだからスターターまでリモコンの必要ある?
 と思いながら運転席のドアを開ける。やっぱ革貼りのシートはいいなぁ。でも安田歯科と家を往復するだけのわたしには必要ないか。
 ナビに目的地を入力する。ファミリーレストラン・ダニーズ留山(とどめやま)店。名前は知ってるけど、こっちには無いファミレスだ。
 ええっと、徳島道から淡路島を通って、阪神高速五号線から第二神明・・・、もう判んない。いいや、ナビに任せちゃえ。
「じゃあお兄ちゃん、借りていくね」
「おう。絶対キズ付けんなよ!」
 そう言う兄貴の目は笑っている。わたしが安全運転なのを知ってるからだ。
「大丈夫。お土産買ってくるから。じゃあね」
 そおっとアクセルを踏み込んでいくと、スルスルと走り出した。大きいのに軽やかな走りだ。3分も経たないうちに家に着くと、お母さんとジェフが玄関の前で待っていた。来た時と同じリュックを左肩に掛け、両手は大きなダンボールで塞がれている。
「なに、それ?」
 ダンボールには皮付きのトウモロコシやナスやジャガイモが詰まっていた。
「向こうでお世話になる人へのお土産にと思って。こんなもんしかなくて申し訳ないけど。東京の人は芋の皮とか剥けるかしら?」
 お母さんが答えた。
「どうだろう? でも、東京でこれだけの野菜を買えば高いだろうから、喜んでくれるんじゃない?」
 クルマの音を聞きつけたのか、玄関からお父さんが出てきて、バゲッジスペースに野菜を積み込むジェフに声を掛けた。
「ジェフ、じゃあ元気でな」
「また遊びに来てね」
 お母さんも別れの挨拶をした。そう簡単に遊びに来れる距離じゃないけどね。
「誠にありがとうございました。感謝感激筆舌の如しです」
 ジェフの翻訳機は大袈裟に感謝の言葉を述べたが、ジェフの顔を見れば、実際それでも足りないくらいに今にも泣き出しそうな表情だ。
「じゃあ、行こうか」
「どうぞ、お願いします」
 クルマに乗り込み出発する。助手席のジェフは大きな身体を器用に捻じ曲げ、見えなくなるまでお父さんとお母さんにベコベコ頭を下げていた。
 ハヤトくんの家に着いてインターホンを鳴らすと、ドアの向こう側でずっと待っていたのかと思うほど、瞬時にハヤトくんが飛び出してきた。背中には身体よりも大きいリュックを背負っている。
「すごい荷物だね」
「うん。おじさんへのお土産の野菜が一杯詰まってるから」
 あちゃあ。ハヤトくんのお父さんは農協勤務だって云ってたっけ。千葉のおじさんはしばらく野菜漬けの毎日になるな。
「岡本さんがクルマで連れて行ってくれるというから、少々荷物が大きくなっても大丈夫かなと思って」
 遅れて出てきたお母さんが云い添える。
「全然大丈夫です。兄から大きいクルマを借りてきましたから」
「じゃあ、よろしくお願いします。ハヤト、岡本さんの云う事をちゃんと聞くのよ」
「うん」
「Hayato,
 翻訳機を持たずにクルマを降りて来たジェフが何か云うと、ハヤトくんはジェフに飛びついた。
「ジェフ、もう会えないかと思ったよ」
「**********************」
「僕のオジサンに会えば、探してるパーツが見つかるかも知れないよ」
************」
「オジサンは東京でロボットの研究をしてるスゴイ人なんだ」
「***********************」
 会話は成立しているのかな?
「じゃあ、行ってきます。安全運転で行ってきますので」
「はい。よろしくお願いします」
 ハヤトくんのお母さんを残し、三人はクルマに乗り込んだ。二列目のシートに座ったハヤトくんは後ろを向いてお母さんに手を振った。
「ハヤトくん、しばらくお母さんに会えなくなるけど、大丈夫?」
「何が? 大丈夫に決まってんじゃん」
 へぇ、強がっちゃって。でも、キセルまでして一人で松山まで行って来ちゃったんだから、同じ年頃のわたしよりは余程しっかりしてるんだろうな。
「それよりジェフ、ジェフは土居でどっか行った?」
 わたしとの会話を避けるようにハヤトくんはジェフに話しかけた。
「いろいろなところに行きましたが、城に連れていかれました」
 連れていかれたって、ちょっと言い方酷くない? このポンコツ翻訳機め。
「城って、川之江城?」
「そう、川之江城。ハヤトくん行ったことある?」
「何回もあるけど、しょぼいよね。高松城の方が大きくて凄いのに」
「もっといい城はありますか?」
「たしかに広いけど、あそこは天守閣が無いじゃない」
「でも、お堀に鯛がいっぱいいて、エサやりができる」
「堀に鯛? 王様が飼っているのですか?」
「王様ていうか、殿様はもういないよ」
「お堀が海と繋がっていて、海の魚が入ってくるんだって」
「わぉ、それは驚きだ。見たかったです」
 誰がどの台詞を云ったのかも分り難い他愛もない会話を交わしているうちに、クルマは土居インターから松山道に入った。ナビが示す残り時間は9時間36分。道のりは長い。安全運転でゆっくり行こう。

 走り始めて2時間弱。ようやく四国とおさらば、鳴門大橋へと差し掛かる。淡路島に渡ったら最初のパーキングエリアで休憩しよう。
「うわー、すごい。美しすぎる」
 ジェフの心境を全く反映していないローテンションなセリフを翻訳機が喋り、ジェフもハヤトくんも舐めるように窓に張り付いている。
 わたしも景色観たいけど、我慢、我慢、安全第一。
 鳴門大橋を渡り終えてすぐ、淡路南PAに入る。
「ちょっと休憩。トイレとか済ませておいてね」
 残り7時間30分。まだまだ先は長い。
 トイレを済ませて二人を探す。売店の方へ行ってみると、並んで何かの案内板を見ていた。
「なに見てるの?」
「あ、お姉さん。上に展望台があるんだって。行ってみようよ」
 ったく、子供は無邪気でいいなぁ。こちとらまだまだ運転しなくちゃならないってのに。まぁでも、急ぐ旅でもないし、景色を眺めてみるのも悪くないか。
「じゃあ、ちょっとだけよ。まだまだ先は長いんだから」
「イエス!」
 叫んだのはジェフだった。二人でハイタッチしている。実は行きたかったのはジェフなんだな。
 4階のデッキから眺める鳴門海峡は真っ蒼に輝いていた。
「うわぁ、きれい」
 もうちょっと遅い時間なら夕暮れの景色も最高なんだろうなぁ。ガキがいなければ特に。
 ハヤトくんは鳴門大橋を眺めながら呟いた。
「あんなに大きな橋、どうやって作ったんだろう?」
 そんなの判るワケないじゃん! 物心ついたときにはもうあったんだから。でも、大人として何か答えてあげなきゃいけないのかしら。と思案しているとジェフが話し始めた。
「どうしたのでしょうか? しかし、人間は素晴らしいです。私たちが想像したことは次々と実現するでしょう。このスマホもそうですし、いつか本物のガンガルが作れると思います」
「ガンガルも⁉」
 ハヤトくんは目をキラキラさせてジェフを仰ぎ見た。
「はい、ガンガルもです。しかし、それには知識が必要です。ですからハヤトはたくさん勉強しなければなりません。たくさん勉強すれば、ハヤトはガンガル作りのリーダーになれます」
「ぼくが? ガンガルを?」
 ジェフは大きな手でハヤトの頭を優しく撫でた。
 カッコいい! 強くてイケメンで、しかも子供にも優しいなんて、完璧すぎる!
 彼女いるのかな? やっぱ、いるんだろうなアメリカに。
 なんだか切ないな・・・。
 真夏の日差しがちょっと落ち込んだわたしの脳天をジリジリと焦がした。

『やっぱり皮がスキ 21』につづく

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