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クラブ活動と私#9:地を這うバンドマン

※前回までのあらすじ※

お家に帰るまでがクラブ活動です。

私たち”創作部”には軽音楽部との掛け持ちの
部員が数人居た。
詩や曲を『創り』演奏するという性質上、
掛け持ちにはうってつけなのだ。

私が2~3年の時同じクラスだったSくんも
そんな掛け持ちメンバーの1人。
ちょっとハーフっぽい感じのイケメンで、
運動だけは人並みだが理系志望で成績も良く、
音楽活動以外に鉄道模型が趣味でミリ単位の
エンブレムを自作して改造を施すなど、
手先も非常に器用だ。
性格もいいのでクラスの人気者でモテるのだが、
Sくんは軽音の1年後輩の彼女一筋である。

何この完璧パーフェクト超人・・・。


ある日、創作部と軽音の終了時間が同じに
なったのでみんなで一緒に帰ることになった。

こちらはいつもの途中下車してゲーセン行きの
面々。軽音組はSくんと彼女さん、そして
私やSくんと同じクラスのHくん。
Sくんは身長ほどもある大きなキーボードを、
彼女さんとHくんはエレキギターをそれぞれ
背負っていてなかなか大変そう。
時には軽音組も一緒に遊びに行くこともあったが、
この日はその荷物もあってそのまま帰るようだ。

帰りの電車はそれほど混雑もなく、ちらほらと
席も空いているような状況だった。
私たちは人数が多かったので席には座らずに
降車側のドアとは反対側に固まっていた。

車内では前の日に見たテレビの内容など、
くだらない話で盛り上がっていた。

そうこうしているうちに、私たちがいつも
途中下車している駅が近づいてきた。
軽音組が降りるのは3人ともその次の駅だ。

この駅は下校時には斜面を下りながら、
カーブの途中にある駅に入構する。
そのため駅の手前で大きくブレーキがかかり、
身体が進行方向に持っていかれる格好になる。

私たちは前の駅を出た後、降車側のドアのほうへ
寄っていた。軽音組は通路付近に立っていた。
この時Sくんは吊り革を持たず、進行方向に
対して背中を向けて立っている状態だった。

いつも通り駅に差し掛かるところで大きく
ブレーキがかかる。
みんな把手や吊り革に掴まって凌ぐ中、Sくんは
しばらく何も持たずに自力で身体を支えていた。
カーブに入ってさらに身体が振られた時、Sくんの
身体が後ろ、つまり電車の進行方向に傾いた。

Sくんは倒れながら吊り革に手を伸ばした。
おそらくカッコつけて、ギリギリで吊り革に
掴まろうとでもしたのだろう。
しかし、目測を誤ったのか、はたまた背負った
キーボードのせいで思った以上に倒れるのが
早かったのか・・・。

Sくんの手は虚しく空を切った。


表情一つ変える暇もないまま、
片手を虚空に向けて伸ばしたまま、
Sくんは直立不動の姿勢のままで、豪快に後ろに
倒れていった。

その様子をたまたま正面の位置で見ていた私には、
まるでスローモーションのように見えた。

Sくんの喜劇悲劇はこれでは終わらない。

幸いSくんは自分の身長ほどもある大きな
キーボードを背負っていた。
それがクッションになったのだろう、特に
痛そうなうめき声などは聞こえなかった。

だが、しかし。

キーボードが入っていた布製のケースは
表面がサラサラした素材だったのだろう。

Sくんは倒れた時の体勢のまま、キーボードに
乗って車内の通路を滑って行った。
電車はちょうど駅に着き、停車した瞬間。
止まった勢いでさらに慣性のついたSくんは
距離にして車両の1/3くらい、通路のド真ん中を

⊂⌒~⊃。Д。)⊃ ズサーッ!


と地を這って行ったのだった。

幸か不幸か、私たち以外の乗客はみな席に
座っている。通路には誰も立っていない。
Sくんを止めるものは何もなかった。

そのままドアが開いたので、私たちはSくんの
彼女さんとHくんに声にならない声で
「バイバイ」と言って電車を降りた。

扉が閉まり、電車はSくんたちが降りる次の駅へ
走り出す。その瞬間である。
みんな堪えきれず、一斉に吹き出した。
私たちは一応、Sくんの名誉のためにドアが
閉まるまで笑い出すのを我慢していたのだが、
車内に残された彼女さんとHくんはその場で
腹を抱えて笑っていた。

私たちだけではない。
隣のドアから出てきた女の子たちもその場に
しゃがみ込んで大爆笑している。
あの後車内はどうなっていたのだろうか。
想像するだけで面白すぎる。

翌朝登校してきたSくんに
「キーボードは大丈夫?」と尋ねてみた。
Sくんの心配しろよ
途端にまたHくんが笑い出す。
Sくんはバツが悪そうに
「うん、大丈夫。忘れて。」
と答えた。


Sくん、大丈夫だよ。
こんな面白い話、忘れるわけないやん。


地を這うバンドマン[完]



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