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実家から自室がなくなった夏

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トピック
◇大学生のある夏、帰省したら自室がなくなっていた
◇ショック…よりも、カチッとハマる解放感
◇(今振り返ると)普通、親子ケンカになるよね
◇腑に落ちる家族史。一貫してる…悪い方に
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◇大学生のある夏、帰省したら自室がなくなっていた


大学生だったある夏、実家に帰省することになった。

事前に何日に帰る、と連絡しており、新幹線だか深夜バスだかで出身県の都心部まで行き、そこから更に電車に揺られて地元に辿り着いた。

地味に遠く、面倒くさい道のりである。


そして、実家に着き荷物を置こうとした私に母が言う。

「あんたの部屋、私の部屋になったから。パソコン部屋に布団敷いて寝て」




◇ショック…よりも、カチッとハマる解放感


え、初耳なんですけど。ああ、はいそうですか。

とりあえず、私はパソコンのある部屋(通称パソコン部屋)に帰省の荷物を放っておいた。



このパソコン部屋は、物置兼パソコン部屋である。

実家で1番小さい部屋で、タンスやロフト、ウォークインクローゼット、床には普段使わない物(または捨てられない物)が積まれた部屋である。
そしてクーラーもない。

物が多いので、布団を敷くスペースで手一杯だ。


ここは近年、母が寝ていた部屋でもある。

昔は母・私・弟で1番大きな部屋で寝ていたのだが、成長に従って姉弟は個室が与えられ、母は物置兼パソコン部屋という、共有スペースで寝ていたのだ。



前述からお察し通り、快適な部屋ではない。

物が多くて埃っぽいし、家族全員の荷物が所狭しと置かれ、パソコンがあるため家族全員が立ち入る。

まぁ、「自室」という気持ちにはならない。


ここで寝ていた母が、どうせならよそで下宿していてる娘の部屋を自室にしたいというのも、当然と言えばそうであろう。



無くなった自室について家族に何を言うでもなく、私は在在期間中その部屋で寝泊まりした。


ガラクタに囲まれて寝ていると自分までガラクタみたいだ、と今振り返って思う。





その帰省期間の間で、私にはある実感が静かに訪れた。



ここにはもう、私の部屋はないのだ。

つまり、私の居るところはないわけで。


今までは、私はこの家の幽霊部員のようなものだと思っていた。
名簿に名前はある、たが進学で一人暮らししているから、家には不在。

しかしながら、”家族”という名簿には名前が残ったまま。


でも、ここにはもう、私の部屋はないのだ。

つまり、ここに私の席は用意されていない。

つまり、名簿からは正式除隊だ。



ああ、じゃあ私自由じゃん。


私はもうこの”家族”の一員ではないのだから、ここはもう「帰ってくる場所」でも「帰ってこなければいけない場所」でもないのだ。


じゃあ、別に帰ってくる謂れねーな、ここ。



静かな、ストンと腑に落ちるような。
そんな結論が私の中に降ってきたのだ。





◇(今振り返ると)普通、親子ケンカになるよね


上記の独白は、当時の淡々としていた気がする感覚を思い出しながら書いたものだ。
(いつもの如く、”当時”の気持ちはあんまり覚えていない)


この時の出来事に今、アテレコすると

俺は自由だぁぁあーーーーー‼️‼️
WHOoooOoooキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!




になる。何故か。
絶対にこんなハイテンションでもなければ、確固たる確信もなかった。

しかし、今吹き替えるとこうなるのだ。
当時の気持ちとしては全く正確でないので、頑張って思い出して書いた。




しかし、今振り返って考えると…これ、普通、親子ケンカにならんか。


家を出てから、帰省のたびに「部屋の物を片付けたら?」とは言われていた。
私は面倒くささから「また今度」と後回しにしていた。

それが何度もあったため、勝手に片付けられるのは致し方ない気もする。

また、母だって自室が欲しい、というのも分かる。



しかし、普通は「あんたの部屋片付けて私の部屋にするわよ」と、事前に一言言わないだろうか。


事前に言わずとも、帰省すると連絡した時点で「あんたの部屋片付けちゃったわよ」と告げることもできたのではないか。


家に入ったあとに「あんたの部屋は無くなった」なのである。




1人で寝られるなら、とそれまで布団だったけれど自分用に買ってもらったベッド。

子供の頃から使っていた学習机。

子供の頃からちまちまとたくさん集めた漫画たち。



ある日突然、母の部屋のものになったわけである。





子供の立場からすれば、本来これは相当なショックではなかろうか。


「ひどいよ!なんで勝手にそんなことするわけ?!私の部屋じゃん!!」と娘は怒り、母は「あんただって片付けなかったでしょうが!」と言い返し、見かねた父が仲裁に入り、「無断は良くないが、お前も再々言われても放っておいたろうが」と宥める…みたいな。


健全な家族なら、こんなシーンになるのでは、と考えた。
健全な家庭で育ったことないから分からないけど。



現実の私はショックを受けることも怒ることも考えず、ただ借り暮らしのような居候のような、居心地の悪さを実感するのみだった。



いや、きっと当時の私もショックだったんだろう。

私の部屋だった場所の私のだったベットでよこたわり漫画を読む母に、うっすらとした嫌悪と虚脱を抱いたような気がするのだ。

きっとショックだったんだ。
それを実感することすらできぬまま。





◇腑に落ちる家族史。一貫してる…悪い方に



母がこんな配慮のないことをするのも、私がその場で意を唱えるわけでもないのも。

私の家庭では自然な流れと言えるだろう。


私が怒ったりしなかったのも、結局、実家に対して「安全で安心な自分の居場所」という執着がなかったからだ。


思えば、実家にいれば安心するとか、家に居たいとかあまり感じたことがない。


自分用にと新しく買い与えられたベッドが、知らぬ間に母の寝具になっていたことに明確な反発すら出てこないほどとは思わなかったが。



そしてそんな家庭を作っているのは、他ならぬ父と母である。


父は子育てどころか家庭にすら不在。

母は、自分の感情に振り回され、子供に寄り添うことができない人である。


「私はあんたのために身を粉にしてやっている」
と言いたげな母だが、核心たる部分では子供の気持ちなど考えていない。


考えていれば、配慮や手順を踏めるはずなのだ。

事前の断りも帰省する前の報告もなく、いきなりこんなことを突きつけたとき、今不在の娘がどんな気持ちになるのか

それを慮るに思い至らないはずがないと、そう思うのだ。




一貫している。私の家族は。


子供の気持ちに寄り添わないから、子供の愛着や安心など想像にも至らない。


子供側も、寄り添われない家庭の中に、愛着や安心、執着を見出せない。


そして、目に見えて反発したりなどしない子供を見て、親側は「やっぱこれで問題ないわ」と自分がやったことに気づくこともない。




問題は問題として日の目を見ることもない。
悲しく、惨いことだと、私は思う。


空箱



家族にもなれぬ、私と実家にいた人たち




自分がかつてそうしたように、自分と似た側面を抱える誰かを探す人に、届けば良いなと思ってnoteを書いてます。

自分もそう感じたことがあった、似た経験をしたけど違う気持ちを覚えたとか、コメントで話してくれると嬉しいです。

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