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ミュージカル「ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド」感想━東宝が漫画原作をやるならこんなのが見たかった!

 開幕直前の中止騒動で持っていたチケットのちょうど半分がなくなりましたが、なんとかミュージカル「ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド」を観劇できました。そして、中止分チケットの補償としてもらったクーポンコードで無料配信も隅々まで楽しみました。

 好きな俳優の帝国劇場初主演作品、しかも帝国劇場クロージングラインナップ唯一の完全新作で!しかもキャストが発表されたのは私が宝塚星組「1789」で初めてドーヴアチア作品に触れて強い衝撃を受けた直後!ということで、長い期間ものすごい熱量で楽しみにしていました。ジョジョ原作は、家族がコミックスを持っていたので頭の方をちょろっと読んだことがあるくらいでしたが、今回の観劇のためにアニメで1部を予習し、そのまま続けて2部も見ていました。

ジョジョミュは「2.5次元」なのか?

 「千と千尋」「キングダム」「SPY×FAMILY」「のだめカンタービレ」など、最近東宝は漫画やアニメを原作とする興行に力を入れています。もともと2.5次元ミュージカルと呼ばれる作品も観る習慣があった私は、「どうして東宝は漫画原作に力を入れるようになったんだろう」と疑問に感じていました。ジョジョという人気漫画がミュージカル化されるにあたり、普段あまり観劇をしない人が、観劇を報告するSNS投稿に「初めての2.5次元!」という言葉を使っているのを見かけました。私は、ネルケプランニングやマーベラスなど「2.5次元の会社」の制作ではない作品と、東宝や梅芸やホリプロが作る漫画原作の舞台に、全く違うものを期待していたので、その表現に少し驚きました。

 そしてこの「ジョジョミュ」は、私の中の分類での後者に期待するものが詰まったとても素敵な作品でした。

 私が2.5次元作品に期待するのは、漫画から抜け出してきたようなキャラクターの再現度です。そもそも、2.5次元を観劇し始めたばかりの頃の私にとってのそれは、キャラクターに会いに行くものでした。ミュージカルヘタリアを、出演者をほとんど知らない状態で見に行ったことをよく覚えています。刀剣乱舞もそうでした。キャラクターを見に行き、自分が思っていた通りのキャラが目の前にあらわれてくれたようなお芝居を見たり、思っていたイメージとは少し違ってもキラキラした歌やダンスのパフォーマンスにワクワクしたりして、あのキャラをやっていたのは誰だろう?と名前を覚えて帰るものでした。キャラへの愛が最初の観劇理由なので、2次元的な髪型も、喋り方やアニメ版ゲーム版で聞き馴染んだ声に近い声も期待します。映像を多用したシーンも欠かせません。

 一方で、俳優の知名度関係なく作品そのものを届けることを志向している劇団四季が「バケモノの子」を作ったり、東宝やホリプロや梅芸も漫画やアニメ、ゲーム原作作品に乗り出しているのを少し不思議におもっていました。よく「日本オリジナル作品」を作りたいという意欲を聞いたりするので、漫画やゲーム原作モノに乗り出すこと自体に疑問はないのです。また、昨日までミュージカルに興味のなかった人が、好きな漫画のミュージカル化と聞いたら食指が動くのもよくわかります。しかし、平たく言うと「なんでわざわざ東宝がやるんだろう」と思っていました。

 近年の東宝によるアニメ漫画原作モノのうち、私が観劇した「千と千尋の神隠し」「キングダム」「のだめカンタービレ」は、すでに知名度の高い俳優が出演しており、俳優のファン拡大の場という感じはしません。ミュージカル形式の「のだめ」はストーリーを頭からさらい、ところどころ歌を挿入したといった感じで、あまり「ミュージカルらしい」とは感じませんでした。

 一方で、「これは原作と演劇ジャンルの出会いとしておもしろいな!」と思えたのは、宝塚歌劇による「CITY HUNTER」「はいからさんが通る」「応天の門」「RRR」などと、歌舞伎の「風の谷のナウシカ」「ファイナルファンタジーⅩ」「刀剣乱舞」でした。これらの作品に感じた満足感と、「のだめ」に感じた不発感を振り返ると、私は東宝に「必ずしもわかりやすい原作再現度にこだわらず、ミュージカルと原作の出会いによるここだけの作品を作り出して欲しい」と期待していたんじゃないかと思いました。

 宝塚や歌舞伎には、東宝ほかが公演を打っている作品よりもわかりやすく個性的な「お約束事」がたくさんあります。宝塚の場合はいかなる作品でも主人公は男役のトップスターであることや、歌舞伎の場合はその特徴的なメイクやセリフまわし、体の動かし方など。また、どちらもファンは役を通してスターの立場や人柄を見ています。

 たとえば、CITY HUNTERは彩風咲奈さんと朝月希和さんのトップ就任公演でした。この2人は、当時他の組のトップコンビに比べて学年が近く、朝月さんは娘役トップ就任にしてはかなり学年が高かったです。そんなお二人が演じた冴羽獠と槇村香は、宝塚らしいカップルではないけれど、娘役が男役についていくコンビ像ではなくお互いが欠かせないバディとして描かれていて、彩風さん、朝月さんに見事にシンクロしていました。

 また、新作歌舞伎「刀剣乱舞」では、刀剣男士の元ネタである刀が出てくる歌舞伎の演目のパロディシーンが散りばめられていました。髭切、膝丸の兄弟刀が曽我兄弟になぞらえられ、血気に逸る弟を兄が諌めるシーンがあったり、小狐丸誕生のストーリーである小鍛冶の歌詞が出てきたり。

 このように、ただ再現度を追い求めるにはなかなか「お約束事」が邪魔になりそうな局面を逆手に取って、原作を知っている人に演劇ジャンルのプレゼンテーションを、演劇ジャンルを知っている人に原作のプレゼンテーションをそれぞれするような作品が本当におもしろかったのです。

 宝塚に限らないミュージカルも、かなり「ミュージカルらしさ」や「お約束事」の多い演劇ジャンルです。それに、せっかくだから2.5次元作品が上演される劇場ではできない演出なんかもやって欲しい。そんなふうに思っていましたが、なかなか「これだ!」という東宝ほかの原作モノに出会えずにいました。

漫画原作と芝居ジャンルのお約束事の出会い

 ミュージカル「ジョジョ」は、見事に「ミュージカル」でした。たとえば、特定のキャラクターや感情を象徴するメロディが繰り返されます。ディオのメロディ、ディオの父のメロディ。ディオが歌うディオの父と同じメロディ、ジョナサンが歌うジョナサンの父と同じメロディ。幼少期のジョジョとディオが殴り合った時のメロディが、決戦の際にまた流れる。正しく王道のミュージカルでした。

 元々の原作とミュージカルの相性が非常によかったというのもあると思います。ジョースター卿が司教様と同じ行動をして全く違う結論に至る、レミゼラブルのオマージュのシーンは言わずもがなです。さまざまなミュージカル作品で描かれた19世紀の格差社会を演じてみせ、「ジョジョ」を知らないミュージカルファンに「知らない光景じゃないでしょう」と歩み寄る。

 また、「ミュージカルは総合格闘技」(わたしは『かげきしょうじょ!』でこのセリフを見てその通りだな〜と思いました)です。ジョジョミュキャストは、声優、ラッパー、シンガー、身体表現、帝劇に何度もたったミュージカル俳優など、実に幅広い顔ぶれが競演していました。ラッパーによるストーリーテリング。声優や2.5次元をフィールドにしていた俳優の作品掘り下げ。ドーヴ・アチア曲と見事な相性の良さを見せるシンガーのグルーヴ感。身体表現で魅せる不気味な動き。帝劇でバルジャンを務めた俳優の「彼はこう言わなかったかね?私からもらったと」。バシバシ技が決まりまくり、客席のKO続出でした。これらが全て一緒に見られるのもミュージカルならではで、原作ファンも「なにこの大盛りのどんぶりみたいなパフォーマンス」と思ってくださったんじゃないかと思っています。

 単純な漫画の再現度としてはものすごく高いわけではなかったと思います。例えば、スピードワゴンは序盤に出てきませんが、ただプリンシパルキャストの出番を増やすためだけの改変ではない、ジョジョシリーズを通して知っている人からすると語り手として納得の人選です。ダリオも、こんなに出てきません。原作ファンの友人は上演前「なんでパンフレットにトンペティさんやダイヤーさんがいないのにダリオがいるんだよ!」と言っていました(てきとーに「1幕で死んだ人が2幕でやるんじゃない?」とか言ってごめんね。出てこなかったね…)。でも、ミュージカルファンとしては、演者がその特性を活かす役割で大活躍していたり、繰り返されるモチーフが効果的に使われているのはミュージカルと原作のマリアージュらしくてとても楽しかったです。これもある意味では原作を大切にするということだと思うし、ジョジョミュは確かに原作を大切にしていたと私は感じました。

 (余談ですが、大千穐楽の挨拶でトップバッターだったワンチェン役の島田淳平さんがまず荒木先生への感謝を述べたの、最高でしたね……)

 ジョジョミュを見てからしばらくした後、2.5次元舞台のHUNTER×HUNTERを見ました。王道の2.5次元という感じでこれはこれでとても楽しかったです。演じる俳優の特徴も姿もすべてキャラ再現に注ぎ込まれ、立ち姿動き方ひとつひとつへの気遣いを感じました。2.5次元と東宝ほかの原作モノのあいだには、体の使い方や芝居の考え方の違いがあり、2.5次元も立派に「原作の世界を忠実に舞台上に写しとる」という「お約束事」をもついちジャンルだなと、ジョジョミュと比較して改めて感じました。HUNTER×HUNTERはとくに、髪型や体の造形がかなり特殊だったり、舞台上の転換としては割に合わない無茶な早替えがあったりと、並々ならぬ再現度へのこだわりを感じました。春先に本番中カラーコンタクトをかえるの、めちゃくちゃ大変そう……演者さん花粉症ではないのかな……なんて考えてしまいました。

 ちなみに、先ほどのダイヤーさんやトンペティさんが出てこないことにちょっとがっかりしていた友人は、HUNTER×HUNTERも一緒に見たのですが、HUNTER×HUNTERの方が好みだったようです。自分の好きな作品が舞台化する時、どのジャンルに出会うのか、という点も楽しみの一つと言えそうです。

帝国劇場最後のオリジナル作品のテーマは継承


 ジョジョはミュージカルとの親和性が高かったと前述しましたが、作品が選ばれた時期にもガチッとハマっていました。現帝国劇場のクロージングラインナップ唯一の完全新作のテーマのひとつが、「父から子への継承」です。

 物語の鍵を握る人物が語り手として登場する形式や、困窮に喘ぐ貧民たちが足を踏み鳴らすナンバーは帝国劇場の大人気作「エリザベート」を思い起こさせます。「レミゼラブル」俳優がまさにそのオマージュシーンを演じます。作曲家ドーヴ・アチアが携わった作品も帝国劇場で上演されてきました。物語そのものが「継承」をテーマにしているだけでなく、作品そのものに帝国劇場の歴史や思い出を想起させる要素が散りばめられていて、これまでの帝国劇場の上演作を「継承」しているような新作なのです。

 大千穐楽挨拶で別所さんが、帝劇を飛び出して上演されたこの作品の位置付けをあらためて話していました。帝劇で最後の新作としてこの作品がかけられたこと。帝劇の思い出の作品を思い起こすこと。主演俳優の地元が大千穐楽の地に選ばれ、帝劇でジョジョが上演された意義が語られること。本当に「全て繋がっている、全てに意味がある」なあとしみじみ感じました。

 国立劇場の先行き不透明さ、資材や建設費用の高騰など、劇場の生まれ変わりにはどうも不安がつきまとう時勢ですが、たしかにこの劇場を未来に繋いでいくという宣言のように受け取れる新作でした。

俳優ファンとしての感想

 "推し"と思って応援している俳優が帝劇で主演を務めました。主演俳優を好きって、すごく楽しいですね。

 ヒロインとのデュエットにまず「主演の仕事っぽい!!!」と大興奮してしまいました。これまで彼は「GREASE」や「のだめ」で女の子とのシーンがありましたが、こんなに大ナンバーでデュエットしていたのは初めてだったような気がします(17againではいちおうあったか…あのギャグシーン…)。とても声の相性がよくて絶品でした。

 また、ダブルキャストとしてあの2人が並んだのは本当に素晴らしかったです。「キングダム」で声優さんとのダブルだった時も感じましたが、別のフィールドに確固たる強みをもつ方とダブルキャストになると二度おいしいし、より彼の良さに気づけます。

 今回、松下優也さんという歌に強みのある方と並んで、あらためて有澤さんはセリフと歌がシームレスなミュージカル俳優なんだな……と感じました。松下さんの声は、歌になるとパッと切り替わります。高音が気持ちよくハマり、会場全体を包み込むような伸びやかで透明感ある、どこまでも続くような歌声でした。音楽活動をされているからこそのリズムの取り方もあり、曲ごとにテンションが上がりました。とくに、オウガーストリートが絶品でした。

 一方有澤さんは、セリフの延長のような歌声で言葉が聞き取りやすく、あくまで物語を伝えるための言葉として歌っているように聞こえました。歌唱力はもともと高いと思っていましたが、印象的なワードが並ぶジョジョという作品の言葉がひとつひとつしっかり届いてくる声でした。

 私はこの2人のダブルを見て、昨年ムーランルージュ!で見た平原綾香さんと望海風斗さんのダブルを思い出しました。日本語詞もまるで英語のようにリズミカルに歌い、ジュークボックスミュージカルを構成する歌ひとつひとつを大切に届けるような平原さんと、確かな歌唱力ではあるもののサティーンの物語や感情に力点がおかれ、日本語のセリフが伝わってくる望海さん。まさか「平原さんと望海さんみたい」と他の誰かに思う日が来るなんて、思ってもみませんでした。

 完全に余談ですが、前に松下さんを見たのはいつだっけ?と振り返ったら、「ヴェラキッカ」でした。有澤さんもキングダムで仲良くなった美弥るりかさんと、松下さんも共演してましたね!なんか勝手に嬉しくなりました。笑

ちょっとだけ東宝への苦言


 ジョジョミュという作品そのものは本当に大成功だったと思います。だからこそ、東宝には開幕時の大失態を絶対に忘れないでほしいです。

 実は、私は出演者の「素晴らしいキャストたち」「私たち頑張った」系挨拶があまり好きではないです。舞台上では馴れ合いや部活の延長のような成長アピールをあまり見たくないと個人的に感じます。そういう意味で、作者への感謝を述べた島田さんや作品の位置付けをあらためて帝劇の外の観客に伝えた別所さんの挨拶が大変素晴らしかったと思っています。一方、今回に関してそういった挨拶は本当に泣けてしまいました。キャストに非のない中止と炎上により、本当に心を痛めてしまったんだと感じました。そしてそれを理解し合えるのは、一緒に舞台に立つキャスト同士だったんだとも。

 こちらは不義理を働かれたので、そのことを訴えないでいる義理はないのですが、それによってやはりキャストがつらい思いをしたのはよくわかります。キャストを攻めていないことはキャスト自身も分かってはいるのでしょうけど、ごめんなさい…と思わずにはいられないのでしょう。そんな状況をつくった、つまり客だけでなく協業者も大切にできていなかったということを、東宝には忘れないでほしいです。

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