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ナビレラ感想━年齢、性別……自分を縛るものから降りよう。それが舞い上がるということ

 ミュージカル「ナビレラ」を見ました。「のだめカンタービレ」で三浦宏規さんのバレエを見て以来、もっと踊るところをみたい!と思っていたので、とにかくバレエのシーンが楽しみだったのですが……見終わった後に印象に残っていたのは物語そのものでした。

 ストーリーは大変に王道です。家族との関わりが薄く無気力でせっかく才能があるのにバレエに身が入らない若者と、病気を抱え今のうちに自分のやりたいことをやっておきたいと願う高齢者が出会い、さまざまな障害を乗り越えて心を通わせていく物語です。「訳ありの2人に絆が生まれ、忘れかけていた夢を取り戻す話」とか「大切な人が自分のことを忘れていってしまう中での交流の話」というとなんだかありふれて聞こえますが、ナビレラは非常に現代的でした。家族でもない、恋人同士でもない男性同士が心を繋いで、世の中に根強く存在する自分たちを縛るものから降りる話なのです。

 韓国の若い男性の前に立ちはだかる問題といえば、兵役です。20〜28歳の間に2年ちかくこれまでの生活から離脱しなければなりません。男性だけに課せられたこの思い義務が、ミソジニーの原因のひとつにもなっているようです。

 主人公のチェロクも、近いうちに兵役に行くだろうということがすこし示唆されます。また、チェロクのかつてのチームメイトも、一度諦めた夢をもう一度追いかけてみようかと考え始めたところで「もう俺たち23歳だぜ?」と馬鹿にされるシーンがあります。夢を掴めるか、掴めないかのとっても大切な時期にキャリアを断絶させられかねないという閉塞感を若い世代は抱えています。チェロクがバレエに集中できない理由は複合的なようでしたが、韓国の若い世代の「今更こんなことやったって仕方ないよね」感の大きな原因のひとつを兵役というタイムリミットと捉えていいのではないかと思いました。チェロクに絡み、嫌がらせをするかつての友人の行動の原因のひとつもここにあるのでしょう。

 一方、70歳のドクチュルは兄弟を亡くし、自身も認知症と診断されて人生のタイムリミットを意識し始めます。昔の憧れを今叶えてみようと一念発起するのです。かなり猪突猛進で、ドクチュル自身が「70歳なのにバレエ?」「男なのにバレエ?」と感じる場面はあまり描かれません。一方で、家族から「お父さんがバレエなんて恥ずかしい!」と言われてしまいます。

 こんな2人が出会い、バレエを通じて交流し、恋愛や家族愛とは違う絆でお互いを縛るものから降りるのです。しかも、決定的に相手を助けるのではありません。チェロクがドクチュルの家族に、ドクチュルが踊ることを笑わないよう強く説得するわけではありません。チェロクの両親や元チームメイトについて詳しく話を聞いてやるわけでもありません。相手との交流で少しずつ変わっていったチェロク自身、ドクチュル自身がより深く自分の周りの人々と向き合えるようになるのです。

 理系や難関大学や政治家に女性が少ないのは女性自身の原因であり社会構造や性差別ではないと思いたがる人々がいます。おじいさんのバレエが家族から反対されるのも、近しい原因があるのだと思います。特に日本では、バレエは女の子の習い事として王道です。そういったものから降りて、男性同士の連帯、絆を社会構造による閉塞感の打開策として使ったストーリーは大変勇気づけられるものでした。

 そして、家族や元チームメイトを、夢を笑い足を引っ張る存在にせず、彼らもまた社会のなかでいつのまにか「おじいさんがバレエなんて」「もうすぐ兵役に行かないとならないのに大きい夢を追いかけるなんて」といったことを内面化してしまっただけの、意地悪ではない人たちなんだという表現もよかったです。チェロクと一緒にステージに立つドクチュルが、かつての憧れの女の子だけでなく家族を思い浮かべていたのが素敵でした。

 と、ここまで三浦宏規さんのバレエについてではなくストーリーについて語ってしまうほど話がよかったです。三浦宏規さんはとにかく芝居も、歌も、バレエも全部やっていて、素人目では「普通にバレエの公演に出演するより大変そう」と思ってしまうくらいの活躍ぶりでした。

 たしかに、バレエ出身の三浦宏規さんの、ミュージカルの世界ではなくバレエを進路に選んでいたifの世界を感じられる作品ではあります。セリフのない身体表現を先に学んでいたからこそ、セリフを言う芝居にも説得力があるのだと感じられず。これほど「この役にはこの役者しかいない!」と多くの人が思った作品もなかなかないのでは、という配役です。しかし、個人的には、その点だけアピールされてしまったらもったいない作品だなと感じました。性別や年齢を理由に何かを諦めた、もしくは誰か近しい人に「そんなことやるの?」と言ってしまった、思ってしまった経験は多かれ少なかれほとんどの人に経験があるのではないかと思います。ナビレラは、そういったことから自由になるという意味で「蝶」という言葉がとても似合う作品でした。

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