『また、桜の国で』 須賀しのぶ
ひとり遅れの読書みち 第37回
第2次世界大戦勃発間近、ワルシャワの在ポーランド大使館に赴任した外務書記生棚倉慎(まこと)の波乱に満ちた生き方を描く。大国のはざまにあって悲劇的な戦いを続けるポーランドの人々。その自由のための戦いを支援する棚倉の生き様は、読む者の胸に熱く迫ってくる。まるでドキュメンタリ映画を見ているような感覚になる。
舞台はドイツとロシアの間に挟まれて何度も国が消された国ポーランド。第1次世界大戦後やっと120年ぶりで独立を達成したばかり。だが、このときすでにドイツではナチスが台頭し、ロシアでは共産主義革命が起こっていた。ポーランドの独立は風前の灯だった。
棚倉がポーランド入りしたのは、ちょうどミュンヘン合意(英仏がナチスにチェコスロバキアのズデーテン地方割譲を認める)が成立したときとの設定。この合意は後年宥和政策として悪名高くなるが、ポーランドではこのとき、和平が訪れるとの気運が高まっていた。在ポーランド大使館ではドイツとポーランドの安全保障条約の締結を働き掛けていた。
だが、ドイツはチェコの次はポーランドへと触手を伸ばして来た。ポーランドの人々は、英仏両国による支援の約束を期待して、ドイツの攻撃を退けることができると楽観していた。しかし英仏の支援は「口先だけ」に終わり、ポーランドは1ヶ月余りで降伏。政府は海外に逃れた。爆撃機、戦車などの兵器に対して十分な武器もないままの戦いだった。5万人以上の犠牲者を出した。
ドイツの占領下、密かに対抗して武装蜂起を計画していた地下組織があった。棚倉はこの自由を求める人々を密かに支援する。ポーランドの情報収集の能力は高く、とりわけロシア情勢については詳しい。この情報を得るという狙いもあった。
棚倉が支援に積極的なのには、幼いときの思い出があった。9歳の頃、シベリアで保護されたポーランドの孤児700人余りが日本にやって来たことがある。その時、カミルという同年代の少年と出会ったこと。カミルは集団から逃れてひとり棚倉の屋敷に忍び込み重要な秘密を告白した。出会いは衝撃的であり、その後の人生に決定的な影響を与えていたとの設定だ。棚倉は父がロシア人学者で母は日本人。外見からはスラブ人としか見られない。小さい頃から孤独であり、ポーランドのその孤児の心と響き合うものがあった。
ヨーロッパの情勢はその後、目まぐるしく変転する。独ソが不可侵条約を締結したと思ったら、今度はその両国が戦いを始める。ポーランドの日本大使館は閉鎖され、棚倉はブルガリア駐在を命じられた。
ポーランドではドイツの占領とともに、国内のユダヤ人がゲットーに押し込められ、大量殺戮が始まっていた。ドイツとの間でポーランド分割を約束したロシアは、国境を越えて攻撃を始める。
一方、ポーランドの抵抗運動の組織はうまく機能していない。武器も十分になかった。そんな時ブルガリアにいた棚倉のもとにポーランドからの連絡が入り、蜂起間近との情報を得る。
棚倉は「真実と共にあれ、おまえが正しいと信じたことを迷わず行なうように」という父の言葉に従って、ポーランドに入り、抵抗グループに参加してドイツとの戦いを始める。そこでかつての孤児カミルと奇跡的に出会い、ともに戦う。だが、現実的に兵力に劣るポーランドは壊滅する。大国に挟まれた国や人々の悲惨さが示される。その中でも真実に生きようとした姿は忘れられない。
時折ショパンの「革命のエチュード」が流れる場面が登場する。かつて独立を目指しながらロシアに潰されたときに作曲された曲。悲しみをたたえながらも怒りを込めたピアノの曲が、行間から聴こえてくるようだ。
(メモ)
また、桜の国で
須賀しのぶ
発行 祥伝社
平成28年10月20日 初版第1冊発行
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