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殺し屋

1997年12月2日(火)
殺し屋が来た。うちを覗いている女を殺す人だろうか?と思った。コンポーゼブルーに銀の入った変なスーツのポケットに古くなって黒っぽい薔薇を飾っていた。六さんは隠しもせずあからさまに銃を持っていた。

六さんは西を背にわたしたちと対面して座り、話し出した。
彼には二十年間寝たきりの妻がいる。何度も妻から逃げようと思ったし、殺そうとしたけどできなかったそうだ。
「一番辛いのは···」
言いにくそうにつづけた。「トイレの世話だ。拭いてやることや、においや、あとで自分の手を洗うときだ···」
わたしは身にしみてわかる気がした。
一方、母の反応─どんなだったかわからない─が甚だしく六さんの神経を逆撫でした。
目を剥いた六さん。慌ててわたしは取りなした。母を撃つのではと緊張した。

話を聴きながら、六さんのお母さんはどんな人だったんだろう、お父さんはどんな人だったんだろう、知りたい!と思った。でも、きくのは恐ろしかった。

「あの、何か一つの事件とかではなくて、じわじわと、ずーっと踏み潰されている苦しみは、どうすればいいと思います?」
具体的なことを言って、母を責めないように注意しながら六さんにたずねた。
「いついつに何かが起こって不幸になった!とかではなく、きのうまで幸せだったのに、ある日ある時を境に不幸になったとかではなく、そういう原因がはっきりわかる状態じゃない苦しみは、どうしたら···」
伝わるかなー? なんとか伝わってほしいとことばを振り絞ってるとき、赤ちゃんを背負い二人の子を連れた女の人が窓の外に来た。
わたしは窓のところに飛んでいった。赤ちゃんの顔は見えなかったが、子どもは死んだ父にそっくりだった。皆、不幸そうで疲れていた。
女の人は赤いバッグをよこした。
この人たちは父の別の家族に違いないと思った。うちを覗いていたのはこの人たちだろう。

殺し屋に殺されてしまうかもしれない。殺し屋はわたしと母とこの人たちを殺したいのかもしれない。
褪せたピンクの服の女の子の肩をつかまえて、「あなたのお父さんは誰? なんて名前? 名前は?」とわたしはきいていた。
女の子は怯えてしまったのか、はかばかしく返事ができないでいたら、女の人が少しおこったように、きっぱり、死んだ父の名を告げた。
やっぱり。殺し屋は撃つかもしれない。この人たちは撃たせてはいけない。撃たれたらわたしが壁になって心臓を撃たれよう。

親子は帰ろうとしていた。「待って!」
叫んだが待ってくれない。窓から飛び降りて追った。
砂利を踏んでいた。よく晴れていて、白い砂利を踏んだら砂煙が上がった。沖縄の砂の色の服を着て、コンポーゼブルーのくつしたをわたしははいていた。
女の人に取りすがった。「待って!」
小柄な人は止まらなかった。泣いてしまった。「お願いです!」
すがって、座りこんだ。近所の人がいたけど気にならなかった。
「おしえてください! お父さんとどんな話をしたんですか?!」
手を着いた。
女の人は止まらなかった。
「あなたたちにとってお父さんはどんな人だったんですか?! お父さんとどんな話をしたんですか?!」
この人たちは父に急に死なれてどうやって生活したんだろうと思った。
この人たちにとっては、父はふつうのお父さんだったような気がした。

激しい感情で目が覚めてきて、覚めるに従って感情がすーっと消えた。



2012年6月23日
じわじわとずーっと踏み潰されている苦しみ」についてわたしは六さんにたずねている。わたしはこのことを何年間も考えていた。気になっていた。
『心的外傷と回復』に、このことが書かれていた。
わたしは心的外傷後ストレス障害に苦しんでいる。それはどうだけど、何か違うと思えてならなかった。果たしてそうだった。より複雑で厄介なPTSDだった。実感と合致するのでその点でほっとした。
著者のジュディス・L・ハーマンはこのことを熱心に考えている。ありがたい。もっと早くこの本に出会えていたらなと思って、数秒後、打ち消していた。
アリス・ミラーの本を何度も読んで、15年間も取り組んだから会えたんだ、そう思った。
だけど、こう信じこみたいんだとも思う。膨大な時間が無駄だと思いたくないから。
それにしても、いまわかってるのは厄介なPTSDだよっていうことだけだ。やっぱりどうすればいいのかわからない。この前『ロード・オブ・ザ・リング』を見てたら、灰色の魔法使いが「自分にできることやれ」って。



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