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『わたしは、ダニエル・ブレイク』:2016、イギリス&フランス&ベルギー

 イギリスのニューカッスル。大工として働く59歳のダニエル・ブレイクは、心臓発作で足場から落ちそうになった。彼は国が委託しているアメリカの民間業者に電話を掛け、病気による支援手当の審査に関する質問を医療専門家のアマンダから受ける。しかしアマンダの質問に苛立ちを覚えた彼は、声を荒らげた。
 病院で検査を受けたダニエルは、病状は回復しているものの、まだ働くのは無理だと告げられた。彼は妻を亡くしてからアパートで独り暮らしをしており、隣にはチャイナとパイパーという男たちが住んでいた。

 ダニエルは友人であるジョーの製材所へ行き、いい木材を見せてもらう。ジョーはダニエルに、「買い物を手伝ってやるよ。何かあったら呼んでくれ。助けになりたい」と優しく言う。ダニエルの元に審査結果の書類が届き、そこには手当を受給する資格が無いと書かれていた。
 彼は電話を掛けるが、「どの担当も対応中です。このままお待ちください」というメッセージが流れるだけで、なかなか繋がらない。ダニエルは時間を潰しながら、延々と待ち続けた。

 1時間48分後、ようやく電話は繋がり、ダニエルは「通知は間違いだ医者に仕事を止められている。この前の審査まで受給していた」と説明する。しかし担当者は「貴方は12点、給付は15点以上です」と告げる。ダニエルが不服申し立てを要求すると、担当者は義務的再審査を申請するよう指示した。
 相手の対応に苛立ったダニエルは、認定人を出すよう要求した。担当者は「それは出来ません。手の空いた時に電話させます」と言い、ダニエルが「いつだ?」と訊くと「分かりません」と答えた。

 ダニエルが職業安定所へ相談に行くと、男性職員は求職者手当か不服申し立ての申請をするよう促した。しかし全てオンラインだと言われ、ダニエルは「パソコンは出来ない」と話す。担当者は相談窓口に連絡するよう告げるが、その番号はサイトに書かれていると説明した。
 ダニエルは苛立つが、職員は「予約が無ければお引き取りを」と冷淡に言う。女性職員のアンはダニエルの顔色が悪いことに気付いて水を与え、しばらく椅子で休憩するよう勧めた。

 シングルマザーのケイティーは娘のデイジーと息子のディランを伴って職安を訪ねており、女性職員のシェイラに違法審査と言われて抗議した。シェイラは警備員を呼び、ケイティーを追い払おうとする。管理主任が来ると、ケイティーは「ロンドンから来たばかりで、バスに乗り遅れた。なのに違法審査の一点張り」と訴える。
 しかし管理主任は「担当は間違っていません。規則は守らねば」と言い、通知書が届くまで待つよう指示する。「明日から学校なのに、話を聞いてくれないから、お金が無い」とケイティーが話しても、管理主任は冷淡な態度を変えなかった。ダニエルが激しく糾弾すると、管理主任は警備員に彼もケイティーも追い出させた。

 ダニエルはケイティーの新居である古い一軒家まで荷物を運び、トイレのタンクを修理した。ダニエルが引っ越してきた理由を尋ねると、ケイティーは「アパートの天井が雨漏りして、ディランが病気になった。大家に抗議したら追い出された」と語った。
 彼女はホームレスの宿泊所で2年間暮らしていたが、ディランが精神的に限界に達してしまい、役所に紹介された家へ引っ越したのだ。ケイティーは「バイトして通信制の大学に戻るわ。落第してるから、2度目のチャンスよ」と告げた。

 ケイティーは子供たちに服を買ったため、暖房を付ける金さえ無くなっていた。ダニエルは「道具を持ってきて、家の中を直してやろう」と言い、電話番号を書いたメモを残して去った。
 翌日、彼は預かっていた荷物を持って、隣の部屋へ赴く。荷物の中身はスポーツシューズで、チャイナはパイパーは広州の工場にいる知人から商品を送ってもらい、安く売って稼ごうと考えていた。チャイナは「これで辛い仕事ともお別れだ」と言い、過酷な肉体労働で安い給料しか貰えていないことを語った。

 ダニエルは求職者手当の申請をするため、図書館へ出向いて職員にパソコンの使い方を教えてもらう。彼は通り掛かりの学生たちにも力を貸してもらうが、パソコンがフリーズして時間切れになってしまう。
 ダニエルは役所へ行き、アンに協力してもらって手続きを済ませようとする。しかし途中でアンは上司に呼び出され、「前例を作るのは困る」と注意された。ダニエルは自力で何とかしようとするが、エラーが出て手続きを完了させることが出来なかった。

 アパートへ戻ったダニエルは、チャイナとパイパーが広州のスタン・リーとテレビ電話で話す時に同席した。チャイナが「最高値を考えてメールするよ」と言うと、スタンは「最高値が無しならブツもビジネスも無しだ」と告げた。
 ダニエルはチャイナに頼み、ようやく求職者手当の申請を終えることが出来た。チャイナが「役所は助ける気なんて無い。全て保身さ。大勢が諦めてる」と語ると、ダニエルは「俺が諦めると思ったら、大間違いだ。しぶとい男だ」と口にした。

 ダニエルがコールセンターに電話すると、担当者は「不服申し立ても義務的再審査も、認定人からの電話が先です」と告げた。ダニエルはケイティーの家へ行き、家の中を修繕する。彼は部屋を暖かくするためのアイデアを披露し、デイジーに木彫りのモビールをプレゼントした。
 ケイティーはダニエルの分も夕食を作り、自分は「さっき食べたから」と下手な嘘をついた。彼女は掃除請け負いのビラを作成し、それを配って仕事を得ようと考えた。

 ダニエルは役所へ行き、シェイラから受給者誓約書の説明を受けた。シェイラは求職活動は証明が必要だと言い、最新の履歴書を用意するよう促す。履歴書など持っていないダニエルに、彼女は書き方講座への参加を指示した。
 参加を拒否すれば処罰の対象になると聞かされ、ダニエルは講座に出席する。彼は医者から仕事を止められているのに、製材所を回って仕事を探しているように振る舞わねばならなかった。ハリーという男は雇用する気になるが、ダニエルは断らざるを得なかった。

 ケイティーが子供たちを連れてフードバンクへ出掛ける際、ダニエルも同行した。ケイティーはスタッフのアグネスに案内され、日用品や缶詰などを手に入れる。ケイティーは空腹に耐えられず、その場で缶詰を開けて食べ始めた。
 心配したダニエルやアグネスたちが歩み寄ると、ケイティーは泣きながら「お腹が空いて耐えられなくて。惨めだわ」と漏らす。ダニエルは「君は何も悪くない。立派に頑張ってる」と、優しく励ました。

 ダニエルが携帯の留守電を確認すると、労働年金省の認定人から「通知書を送りました。貴方は就労可能で、支援手当は受けられません」というメッセージが入っていた。
 ケイティーはスーパーで生理用品を万引きしてしまい、警備員のアイヴァンに見つかった。しかし店長のモーガンはケイティーに同情し、金を払ったことにして解放した。アイヴァンはケイティーに「金に困ってるなら仕事を紹介する」と言い、自分の電話番号を教えた。

 ダニエルはケイティーと子供たちをアパートに招待し、一緒に夕食を取る。彼は職探しに奔走するケイティーのため、子供たちの送り迎えを申し出た。デイジーが亡き妻であるモリーについて尋ねると、ダニエルは「気分がコロコロ変わる女で、心を病んだ。イカれた女だったが、愛してた。今の俺は抜け殻だ」と語る。
 ケイティーから「最後まで介護してたの?」と問われた彼は、「彼女が亡くなれば楽になると思ったが、いつの間にか介護が人生になってた」と話した。ケイティーが「デイジーの父親を特別だと思ってた。ディランの父親も同じ。でも違ってた」と語ると、ダニエルは「君には未来がある。大学へ行けば羽ばたける」と励ます…。

 監督はケン・ローチ、脚本はポール・ラヴァーティー、製作はレベッカ・オブライエン、製作総指揮はパスカル・コシュトゥー&グレゴワール・ソルラ&ヴァンサン・マラヴァル、撮影はロビー・ライアン、美術はファーガス・クレッグ&リンダ・ウィルソン、編集はジョナサン・モリス、衣装はジョアンヌ・スレイター、音楽はジョージ・フェントン。

 出演はデイヴ・ジョーンズ、ヘイリー・スクワイアーズ、ブリアナ・シャン、ディラン・フィリップ・マキアナン、ケイト・ラッター、シャロン・パーシー、ケマ・シカズウェ、スティーヴン・リチャーズ、アマンダ・ペイン、クリス・マクグレイド、ショーン・プレンダーガスト、ギャヴィン・ウェブスター、サミー・T・ドッドソン、ミッキー・ハットン、コリン・クームス、デヴィッド・マーレイ、スティーヴン・クレッグ、アンディー・キッド、ダン・リー、ジェーン・バーチ、キンバリー・ブレア・スミス、ジュニア・アティラッシ、ジョン・サムナー、デイヴ・ターナー他。

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 カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した作品。セザール賞の外国映画賞やロカルノ国際映画祭の観客賞なども獲得している。監督は『天使の分け前』『ジミー、野を駆ける伝説』のケン・ローチ。脚本のポール・ラヴァーティーは、2010年の『ザ・ウォーター・ウォー』以外の14作で全てケン・ローチと組んでいる。
 ダニエル役のデイヴ・ジョーンズは、これが映画初出演。ケイティーをヘイリー・スクワイアーズ、デイジーをブリアナ・シャン、ディランをディラン・フィリップ・マキアナン、アンをケイト・ラッター、シェイラをシャロン・パーシー、チャイナをケマ・シカズウェ、パイパーをスティーヴン・リチャーズが演じている。

 ケン・ローチはカンヌ国際映画祭の常連で、この作品を含めて13度もパルム・ドールにノミネートされ、『麦の穂をゆらす風』では受賞している。他にも『BLACK JACK』と『リフ・ラフ』と『大地と自由』では国際映画批評家連盟賞、『LOOKS AND SMILES』では現代映画賞、『ブラック・アジェンダ/隠された真相』『レイニング・ストーンズ』『天使の分け前』では審査員賞を受賞している。
 まさにケン・ローチは、カンヌに愛された映画監督と言っていいだろう。そんな彼は『ジミー、野を駆ける伝説』で劇映画から引退すると宣言していたが、この映画で取り上げたような社会問題を看過できずに復帰を決めた。

 ここで取り上げられているのはイギリスの社会問題だが、日本にとっても決して関係の無いことではない。システムや規則の違いはあるが、同じような問題は日本でも起きている。ここで問題になるのは、職安で激怒したダニエルが口にする「少しは融通を利かせろ」という言葉が全てと言ってもいい。
 政府も役所も関係機関も、杓子定規にマニュアル通りの対応しか取ろうとしない。そのせいで、本来は社会的弱者を救うために制定されたはずのシステムが、むしろ社会的弱者を排除するような仕組みになっているのだ。

 それぞれのケースに合わせて対応してこそ、真の弱者救済と言えるはずだ。しかしシステムを運用する人間の大半は、本気で弱者を救おうなんて思っちゃいない。その職業に就いたから仕事をしているだけであり、言ってみりゃ金を稼ぐための事務的作業に過ぎないのだ。
 自分のせいで困窮する人々がどうなろうと、それで罪に問われることもない。なので、ただ決められた規則に従い、粛々と仕事を片付けていくだけになるわけだ。

 この映画ではシステムの不備や規則の欠陥も色々と示されているが、それよりも大きな問題は、運用する人間の精神や矜持にある。それを強く感じるのは、劇中には思いやりの心を持った人間、優しく親切な人間も登場するからだ。そういう気持ちをシステム運用側にいる全ての人間が持っていれば、もっと多くの弱者が救われることだろう。
 アマンダにしろ、シェイラにしろ、決して間違ったことをしているわけではない。上司に叱責されるような対応は取っていない。規則に従って、自分の仕事を忠実にこなしているだけだ。ただし、まるで感情の無いロボットのように作業しているだけで、困っている人々への気遣いが微塵も無いのだ。

 ダニエルやケイティーに優しく接してくれるのは、友人や知人だけではない。図書館員も、フードバンクのスタッフも、何の見返りも無いけど親切にしてくれる。通り掛かりの学生たちだって、ダニエルが困っていたらパソコンの使い方を教えてくれる。
 ケイティーに売春婦の仕事を紹介するアイヴァンでさえ、アンを除く役所の面々や認定人たちに比べれば遥かにマシだ。彼はケイティーを騙したり脅したりして、娼婦にしたわけではない。単純に、仕事を斡旋しただけだ。それによって、少なくともケイティーは金を稼ぐことが出来るようになっている。つまり風俗斡旋業の方が、役所よりも遥かに役立っているのだ。

 ダニエルにしろケイティーにしろ、生活は苦しく精神的にも厳しい状況に追い込まれていく。だが、痛々しくて目を背けたくなるような話が延々と続くわけではない。終盤に入ると陰鬱な展開になってしまうが、それまでは親切な人々が出て来て殺伐とした雰囲気を和らげる。
 それ以外でも、明るさに包まれた穏やかなシーンもある。社会問題を描くと、「あまりに辛すぎるので、いい映画かもしれないけど二度と見たくない」という内容になってしまうケースもあるが、それは何とか回避しているんじゃないかな。

 とは言え、もちろんダニエルもケイティーも話が進むにつれて、どんどん生活が困窮して追い込まれていく。ダニエルは求職活動が不充分だとシェイラに指摘され、手当を支給停止にされる。彼は家具を売却し、生活費を工面せざるを得なくなる。ケイティーは貧乏のせいで娘が学校でのイジメに会い、売春婦として働くことを決意する。
 ダニエルは役所の壁に名前と批判の言葉をスプレーで書き殴り、器物損壊で逮捕される。ケイティーが手を差し伸べて弁護士に相談するよう促すが、ダニエルは心臓病が悪化して死亡する。

 ダニエルはアンから「手当給付のための面接は続けて。何もかも失ってしまう」と説得された時、「尊厳を失ったら終わりだ」と告げる。つまり社会的弱者が生き延びるためには、人間としての尊厳を完全に捨て去ることが求められるのだ。そして尊厳を選んだダニエルは体を壊し、命を落とすのだ。
 彼が望んだのは、決して分不相応なことではない。理不尽な要求でもない。経緯ある態度や、隣の人に優しく手を差し伸べようとする態度なのだ。それが無いから、多くの社会的弱者が苦しむのだ。

 ただ、これまたイギリスだけでなく日本でも言えることだが、こんな映画を製作して社会問題を糾弾したところで、何も変わらないだろう。どれだけ社会的弱者が困窮しても、システムや役所の体質は改善されないだろう。インテリや映画評論家から高く評価されても、そんなことは何の役にも立たない。
 どれだけ高い評価を受けようと、どれだけ多くの映画賞を獲得しようと、悲しいけど、それが現実なのよね。基本的に社会派の映画って、そんなに大きく社会を変える力は無いのよね。影響力の大きさという意味では、実は純然たるエンタメ映画の方が遥かに大きかったりするんだよね。

(観賞日:2019年6月4日)

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