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『お早よう』:1959、日本

 東京の郊外にある小さな住宅地。中学一年の原口幸造、大久保善一、林実、実の弟・勇は、土手を歩いて下校しながら、額を押すとオナラを出す遊びをしている。善一の母・しげの元に、斜め向かいに住む富沢家の妻・とよ子が来て、「先月分の婦人会の会費がまだ会長に納まってないらしい」と告げる。とっくに、組長の原口家には届いているはずなのだ。
 原田家が電気洗濯機を購入したので、とよ子はネタババを怪しむようなことを口にした。そこへ原口家の妻・きく江が婦人会の回覧板を置いていった。

 善一が帰宅したので、しげは「またお向かいばっかり行っちゃダメよ」と注意する。善一が行きたがるのは、その辺りでテレビを持っている唯一の家である丸山家だ。子供たちは、相撲をテレビで見たがるのだ。
 しげは「相撲を見たがるのはいいけど、あそこへ行くとロクなことを覚えてこない」と言う。とよ子が「ウチはあんまり付き合い無いけど、夫婦揃って昼間から西洋の寝巻き着て」と言うと、しげは「池袋のキャバレーいたっていうんだから無理も無いけど」と語った。

 幸造はウンコを漏らしてパンツを汚し、母・民子に叱られた。彼は腹が緩くて、いつもパンツを汚している。幸造が丸山家へ行くと既に善一が来ていて、丸山家の夫・明と一緒にテレビを見ていた。実は母に「英語を習いに行く」と嘘をつき、勇と丸山家へ行く。
 とよ子が民子を訪ねて、「集めた会費、組長さんのとこへお届けになった?」と訊く。「ええ、もう10日ぐらい前に」と答えると、とよ子は会長に会費が届いていないことを告げた。きく江が丸山家へ来て子供たちを叱り、英語塾へ行くよう告げた。

 民子はしげの元へ行き、「会費はとうに組長さんにお届けたんですのよ。まるで私の責任みたいで」と言う。しげは「あら、そんなことありませんわよ。分かっておりますわよ、お宅の責任じゃないって」と告げると、民子が「組長さんに一度うかがってみますわ」と言う。
 しげは「それはおよしになった方がいいわ。組長さん立場ありませんもの」と止めた。それでも民子が気にする様子を見せるので、しげは「大丈夫よ。きっと犯人は見つかるから」と告げた。

 子供たちは、近所のアパートに住む福井平一郎の元で英語を習っている。彼は雑誌社が潰れて以来、家で英語を教えているのだ。彼は自動車のセールスをしている姉・加代子と同居している。
 平一郎に額を押された幸造はオナラを出して、「習慣になっちゃった」と言う。「毎日練習してるんだ、お芋食べちゃダメなんだ、軽石を粉にして飲まなきゃ」と、彼は言う。

 平一郎が「誰が言ってたの?」と訊くと、善一の父でガス会社に勤める善之助に聞いたという。「そんなの嘘だよ」と平一郎が言うと、幸造は「上手えんだぜ、あのおじさん」と告げた。善之助は、家族の前で良くオナラをしていた。
 帰宅した実と勇は、民子から丸山家でテレビを見ていたことを注意された。「そんならテレビ買ってくれよ」と要求するが、民子は「何いってんの、ダメ」と一蹴した。夕食を食べ始めていると、啓太郎と民子の妹・有田節子が帰宅した。

 翌日、節子は平一郎のアパートを訪れ、頼んでおいた翻訳の仕事について尋ねた。まだ全て終わっていなかったので、済んだ分だけを受け取った。
 加代子は節子に、「クラス会のことをお姉さんに言っておいて」と頼んだ。加代子と民子は女学校時代の同窓生なのだ。節子が去った後、加代子は平一郎に「あんな人がアンタのお嫁さんになってくれるといいんだけどね」と告げた。

 きく江は民子を訪ね、「洗濯機の一つぐらい人様にご迷惑掛けなくても買えますわ。婦人会の会費ちょろまかさなくても」と攻撃的な口調で言う。「誰かそんなこと言ってますの」と民子が訊くと、きく江は「ご自分の胸に聞いてみれば分かりますでしょ。貴方、ウチへ届けたとおっしゃったそうですけど、まだ頂いてませんからね」と言う。
 「あら、先月の末にお届けしました。お婆ちゃまに」と民子は言うが、きく江は「いいえ、届いてません。お婆ちゃまが受け取ったなら、私に言うはずです」と反論した。

 押し売りが林家に現れ、鉛筆やゴムひもを売り付けようとする。押し売りが小刀で鉛筆を削り始めたので、きく江は立ち去った。帰宅した彼女は、母のみつ江に会費を受け取っていないかどうか尋ねた。
 みつ江は「受け取ってませんよ」と言うが、ハッとして「ちょいと待っておくれよ」と口にした。彼女が封筒を差し出すと、それが会費だった。きく江は民子の元へ戻り、「ウチのお婆ちゃんったら、とっくに頂いてあるって、ごめんなさいましね。さっきのこと水に流して下さいましね」と作り笑顔で言った。

 おでん屋へ忘れ物を捜しに行った啓太郎は、富沢家の夫・汎に誘われて一緒に飲んだ。汎は「定年は幾つです?嫌なもんですぞ、生殺しでね」と言い、30年も働いたのに退職金は少ないと愚痴をこぼした。
 実は夕食の時間になっても「食わねえや、面白くねえや」と喚き、勇も付き合った。帰宅した啓太郎に、民子は息子たちが丸山家でテレビばかり見て英語に行かないことを告げた。

 実が「だったらテレビ買ってくれよ。ダメならまた隣へ行く。買ってくれなきゃ行きやしないよ」と喚くので、啓太郎は「うるさい。余計なことばかり喋らずに黙っていろ」と怒鳴った。すると実は、「大人だって余計なこと言ってるじゃないか。こんにちは、おはよう、こんばんは、いいお天気ですね。ああそうですね。余計なことばかりだ」と口答えする。
 啓太郎が「うるさい、男の子は余計なことを喋るな」と叱り付けると、実は「ああ、黙ってる。2日でも3日でも」と反抗的な態度を取った。

 実は「両親に何を言われても口を利かない」と決意し、勇にも誓わせた。帰宅した節子が「菓子買ってきたから食べに来ない?」と誘うと、勇はタンマのポーズをして行きたがる素振りを示すが、実が首を横に振った。
 翌日、朝食を食べる実と勇は、やはり無言のままだ。民子が「おかわりは?」と訊くと、黙って席を外した。民子と節子は、「いつまで続くもんだか」と笑い合う。

 家を出た実と勇は、きく江が声を掛けても無視した。きく江は夫の辰造に、「二人とも挨拶しても返事もしないんだよ。林さんの奥さん、昨日のこと、まだ根に持ってるんだろうか」と言う。
 しげを訪ねた彼女は、「林さんの奥さん、会費でウチのとこが洗濯機買ったみたいなこと言いふらして、文句言いに行ったらペコペコ謝ったけど、それを根に持って子供にまで言いふらして、挨拶しても知らん顔してるの。小さいこと根に持つんだから」と悪口を喋った。

 きく江の悪口を信じ込んだしげは、根に持たれては異変だと考え、借りていたビールとバスの切符代を、すぐ民子に返却した。それから彼女はとよ子の元へ行き、「林さんの奥さんに何か借りてたら返した方がいいわよ。とっても小さいことを根に持つらしいのよ。見掛けによらないらしいわよ」と吹き込んだ。
 勇と実は、授業中に先生に当てられても喋らなかった。2人は「明日は給食費を持って来るように」と指示されるが、民子には言えない。そこでジェスチャーで伝えようとするが、全く伝わらなかった。

 翌日、平一郎に英語を習っている時も、やはり勇と実は何も喋ろうとしない。しかし額を押すと、オナラの音だけは発した。軽石の粉をまだ飲んでいるのか尋ねると、勇はうなずいた。「そんなことしてたら腹に石が溜まって死ぬぞ」と平一郎は言う。
 実は心配になってタンマのポーズを取り、「本当?」と訊く。平一郎は「本当さ。この前、動物園でアシカが死んだろ。そのアシカを解剖したら、お客さんが投げた石をエサと間違えて飲んでいたんだ」と教えた。

 丸山家の妻・みどりが平一郎を訪ね、「近所がうるさいんで引っ越そうかと考えている。このアパート、空いてる部屋は無い?」と訊く。「心当たりは無い」と平一郎が言うと、彼女は「冷たいのね」と去った。
 入れ違いで、翻訳の依頼をするため節子がやって来た。子供たちが黙っている事情について、「『余計なこと言うな』と言われたら、大人だって言うじゃないか。おはよう、こんばんは、こんにちは、いいお天気ですねって」と彼女は説明する。平一郎は「でも、案外、余計なことじゃないんじゃないかな。それ無かったら世の中、味も素っ気もなくなっちゃうんじゃないですかね。無駄があるからいいんじゃないかな。僕はそう思うな」と語った…。

 監督は小津安二郎、脚本は野田高梧&小津安二郎、製作は山内静夫、撮影は厚田雄春、編集は浜村義康、録音は妹尾芳三郎、照明は青松明、美術は浜田辰雄、音楽は黛敏郎。

 出演は佐田啓二、久我美子、笠智衆、三宅邦子(大映)、杉村春子(文学座)、設楽幸嗣、島津雅彦(若草)、泉京子、高橋とよ、沢村貞子、東野英治郎(俳優座)、長岡輝子(麦の會)、三好栄子(東宝)、田中春男(文学座)、大泉滉、須賀不二夫、殿山泰司、佐竹明夫、諸角啓二郎、桜むつ子、竹田法一、千村洋子、白田肇、藤木満寿夫、島村俊雄、菅原通済ら。

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 小津安二郎のカラー2作目。
 黛敏郎が初めて小津作品の音楽を手掛けているが、ピッタリと雰囲気に合った伴奏になっている。
 平一郎を佐田啓二、節子を久我美子、敬太郎を笠智衆、民子を三宅邦子、きく江を杉村春子、実を設楽幸嗣、勇を島津雅彦、みどりを泉京子、しげを高橋とよ、加代子を沢村貞子、汎を東野英治郎、とよ子を長岡輝子、みつ江を三好栄子、辰造を田中春男、明を大泉滉が演じている。おでん屋の客として、実業家の菅原通済が1シーンだけ出演している。

 最初にクレジットされる俳優は佐田啓二と久我美子だが、この2人が主役というわけではない。集団ドラマであって、誰か一人や二人が主役というわけではない。
 あえて言うなら、その中心にいるのは実と勇だ。作品の途中、口を聞かないと決めてから、この2人が中心のポジションに座る。あと、平一郎と節子のロマンスって、実は邪魔な要素になってないか。

 最初の数十分ぐらい、相関関係の把握に、少し時間を必要とするかもしれない。誰が誰と夫婦なのか、誰が誰の子供なのか、それを全て頭に叩き込むのは、ちょっと大変な作業になっている。
 正直、ちょっと主要キャラクターが多すぎるかなあ。もう少し減らしても良かったと思う。加代子とか、幸造とか、善一とか、あまり存在意義が無いような人物も何人かいるし。

 小津作品は構図やアングルについて色々と言われることが多いが、この映画に関しては、そこの批評はあまり意味が無いと思う。また、ストーリーやドラマについてあれこれと言うのも、それほど重要ではない気がする。
 この映画は、軽妙な喜劇としてのネタ、エピソードの中に盛り込まれた滑稽な会話、そういうモノをを楽しめば、それでいいんじゃないかと思う。

 子供たちのネタでは、序盤で勇が挨拶代わりに「アイラブユー」と必ず言うのが可笑しい。「行ってきます」の代わりに「アイラブユー」、「またね」の代わりに「アイラブユー」、節子のお土産を貰って実は「サンキュー」なのに勇は「アイラブユー」。
 もう一つ、勇は「洗面所でハミガキこぼしたの誰だ?」と父に言われた時、「僕知らないよ」と言って舌をチョロッと出すのが可愛い。子供がメインの作品で、子役が可愛いってのは重要な要素だからね。

 実と勇は口を利かないと決め、自室で不貞腐れて机に足を投げ出す。でも、誰か来たと思ったら姿勢を正して、勉強しているフリをする。その辺りは、可愛いモンだ。
 給食費を持って来るよう先生に言われ、喋らないと決めているのでジェスチャーで伝えようとする場面もいい。そもそも親に頼みごとをしている時点で、もう折れちゃってるようなモンだけどね。
 子供の反抗なんて所詮、その程度の可愛いもんだ。それはあくまでも「この当時の子供」であって、今の中学一年は、もっとシャレにならない反抗をやるだろうけどね。

 やたらとオナラをする映画だが、放屁ネタでは竹田法一が演じる善之助が面白いキャラになっている。やたらと屁をこく男で、彼が放屁すると妻・しげが「アンタ呼んだ?」と来て、「いいや」と答えるネタがある。しばらくして、また同じネタの天丼がある。
 その場面では、続けて二度目の屁をするので、また「アンタ呼んだ?」と訊かれて「いいや」と言うのかと思いきや、「今日、亀戸の方へ行くけど、葛餅でも買ってくるか」と口にする。今度は、ホントに妻を呼ぶための合図だったというオチだ。

 しかし、何より面白いのは、きく江&みつ江だ。押し売りが来た時、きく江は彼女に応対を任せる。押し売りは民子の時と同様に小刀を取り出し、それで鉛筆を削って「良く切れるよ」と低い声で言い、脅しを掛ける。
 みつ江は何食わぬ顔で「じゃあ試しに削ってみてもいいかい」と言い、包丁を持ち出して鉛筆を削り始める。逆に脅しを掛けられて、押し売りは困った顔で退散するしかない。みつ江は淡々とした口調で「どしたの、帰るの?またおいで」と告げる。いいねえ。

 きく江は民子を訪ね、「ウチのお婆ちゃんったらとっくに頂いてあるって、ごめんなさいましね。さっきのこと水に流して下さいましね」と、見事に分かりやすい作り笑顔で言う。でも、挨拶しても子供たちが無視すると、途端に民子の悪口を言いふらす。いいねえ、やっぱり杉村春子は。
 防犯ベルのセールスに「押し売りの撃退にもなる」と言われた時の、「ウチは要らない、すごいのがあるもの。お婆ちゃんよ。あれがありゃ大抵のことは平気」というセリフもいいねえ。

 きく江&みつ江の言い争いが秀逸。会費のことを忘れていたみつ江に、きく江は「どうして早くくれなかったのよ。おかげで恥かいたのよ。もうろくしちゃって嫌になっちゃうよ。アンタもうホントに楢山(『楢山節考』で御馴染み、姥捨て山のこと)だよ」と、すげえセリフを吐く。
 でも、みつ江も負けていない。陰口で、「一人で大きくなったような口聞きやがって。さんざっぱら世話焼かせやがって。ろくでもない亭主とくっつきやがって。あんなガキひり出しやがって」と言う。

 別のシーンでは、きく江が会費のことで、また文句を言う。「あたし忘れませんよ、大事なことはね」ときく江が言うと、みつ江はガス代を立て替えたのに返してもらっていないことを指摘するが、きく江は細かいことだと受け流し、さらに文句を言う。
 すると、みつ江は再び陰口。「何言ってんだか。てめえじゃ忘れんようなこと言いやがって、おれの払ったガス代ネタババしやがって、口ばっかり達者で、どうしてあんな奴が生まれちまったもんだか」と、相当な悪口を喋る。すげえ口が悪い婆さんだ。

 特にテーマやメッセージ性を強く打ち出した映画ではないけれど、あえてメッセージを見つけるとするならば、平一郎が節子に語る「でも、案外、(挨拶というのは)余計なことじゃないんじゃないかな。それ無かったら世の中、味も素っ気もなくなっちゃうんじゃないですかね。無駄があるからいいんじゃないかな。僕はそう思うな」という言葉だろう。
 特にどうということもない挨拶の言葉によって、家族や近所のコミュニケーションが円滑になる。「とりあえず挨拶だけはキッチリしておけばいいのよ」ってことよね。

(観賞日:2010年3月7日)

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