見出し画像

『過去のない男』:2002、フィンランド

 列車を降りて駅を出た男は、夜の公園でベンチに座った。眠り込んでいた男は3人組の暴漢に襲撃され、金や荷物を奪われた。翌朝、男は駅のトイレに入り、そこで倒れ込んだ。男は病院に搬送されるが、医師は「植物状態になるぐらいなら死なせてやろう」と脈拍を止めた。
 しかし男は生きており、病院を抜け出した。男が岸辺で倒れていると、老人が靴を取り替えて去った。近くのコンテナで暮らす兄弟は男を発見し、母のカイザに知らせた。

 カイザは男をコンテナに連れ帰り、介抱して食事を与えた。カイザは夫のニーミネンと相談し、しばらく男の面倒を見ることにした。男が回復すると、カイザは「夫は週に2日だけ石炭置き場の夜警をやってる。2年以内に新しい募集があるので、公営アパートに申し込む」と話す。男は彼女に、頭を殴られて記憶を失っていることを語る。
 翌日、ニーミネンは「金曜だからディナーに行こう」と男を誘い、救世軍がスープを配給している場所に連れて行く。男は救世軍のイルマからスープを受け取り、ニーミネンと一緒に飲んだ。

 ニーミネンは「給料が入った。ビールを御馳走しよう」と男に言い、パブへ連れて行く。「何を覚えてる?」と訊かれた男は、「列車に乗っていた。外は暗かった」と答えた。それ以外のことは、ニーミネンに問われても何も思い出せなかった。
 翌日、男がニーミネンと一緒に釣りをしていると、警備員のアンティラがやって来た。彼は「ここは私有地だ」と言い、男を連行しようとする。「彼は家を探してる」とニーミネンが話すと、アンティラは「ここの住民なら逮捕しない」と述べた。

 ニーミネンは男に、コンテナに空きがあることを教えた。男はニーミネンにコンテナまで案内してもらい、アンティラは「これは秘密だ。警察で聞かれても俺は知らないフリをする」と語った。彼は1ヶ月分の家賃を先に支払うよう要求し、その場を去る。
 男はコンテナを掃除し、電気工事士が電気を引いてくれた。壊れたジュークボックスを見つけた男がコンテナに運び込むと、電気工事士が修理してくれた。男はコンテナの外に小さな畑を作り、じゃがいもを育てることにした。

 雨の日、男が配給のスープを貰いに行くと、イルマは「酷い格好ね。救世軍へ来て。着替えの用意があるわ」と告げた。彼女に「シャンとするのよ」と言われた男はニーミネンの元へ行き、洗濯の方法を尋ねた。ニーミネンが「ウチには今、洗濯機が無い。隣は金持ちだから持ってる」と話すと、男は隣家の洗濯機を借りて服を洗った。
 男はゴミ収集人から場所を聞き、職安へ赴いた。男は書類に生年月日や名前を書くよう促され、「書けない」と告げた。彼は事情を説明するが、所長は「我々の時間を無駄にするな」と冷たく追い払った。

 カフェに立ち寄った男は、無料で貰えるお湯をコップに注ぎ、持参したティーパックを入れた。男が金に困っていることを悟った女店主は、残り物の料理を無料で提供した。救世軍の事務所へ赴いた男は、「ホームレスで金が無い」とイルマに告げる。
 イルマは「みんなそうよ。代金は自立後でいいの」と着替えのスーツを渡した。イルマは救世軍のマネージャーに、男の相談に乗るよう頼んだ。男は事情を説明し、ヨキネンという男の下で大型ゴミを整理する仕事を与えられた。

 アンティラの元を訪れた男は、家賃を金曜まで待ってほしいと頼む。アンティラは承諾せず、愛犬のハンニバルに「噛み付け」と命令する。しかしハンニバルはおとなしい犬で、全く動かなかった。アンティラは男を恫喝し、「1週間の出張だ。ハンニバルの面倒を見ろ」と指示した。
 男は救世軍の事務所で給与を受け取り、イルマを寮まで送ってキスをした。アンティラが出張から戻ると、男は「土曜日の夜に車を借りたい」と頼んで金を支払った。

 男はイルマをコンテナに招待して夕食を用意し、抱き合ってキスを交わした。男は救世軍の事務所でバンドの演奏を聴き、「レパートリーを増やさないか?ブルースやロックのレコードがあるから家に来ないか?」と持ち掛けた。
 男はマネージャーに、「世俗的な曲をやることが救世軍の活動にはプラスになる」と説明した。マネージャーは彼の提案を承諾し、「私も若い頃は歌ってたのよ」と言う。マネージャーは貧しい人々の前で、バンドの演奏をバックに歌を披露した。

 男はイルマに「土曜日に出掛けないか。車を借りた」と話し、彼女の案で森へキノコ狩りに出掛けた。男はバンドのマネージャーになり、ライブを企画した。港で溶接の仕事を目撃した男は、「やらせてくれ」と志願した。
 男が上手に仕事をこなしたので、現場監督は「ウチで雇おう。事務所で手続きをしてくれ」と言う。男は事務所へ行き、記憶喪失で名前が分からないことを説明した。すると事務員は「名前なんて適当に付けてあげる」と告げ、銀行で口座を開くよう指示した。

 男が小さな銀行へ行くと、1人の女性行員だけが働いていた。そこへ強盗が現れ、「口座に入っている金を引き出したい」と銀行員に語る。口座は凍結されていたが、強盗は分かった上で要求していた。銀行員が「金庫へ行かないと」と話すと、強盗は男を同行させた。強盗は金を受け取ると、男と銀行員に閉じ込めて逃亡した。
 男が煙草を吸ってスプリンクラーが作動したため、彼と銀行員は救助される。しかし警察署で事情聴取を受けた男は名乗らず身分証も無かったため、そのまま拘束されてしまった。男は刑事の承諾を得て、イルマに電話する。イルマの依頼を受けた弁護士が警察署に現れ、男は解放された…。

 監督・脚本・製作はアキ・カウリスマキ、撮影はティモ・サルミネン、美術はマルック・ペティラ、編集はティモ・リンナサロ、衣装はオウティ・ハルユパタナ。

 出演はマルック・ペルトラ、カティ・オウティネン、アンニッキ・タハティー、ユハニ・ニユミラ、カイヤ・パリカネン、タハティー、サカリ・クオスマネン、マルコ・ハーヴィスト&ポウタハウカ、エスコ・ニカリ、オウティ・マエンパー、ペルッティー・スヴェホルム、マッティー・ウオリ、アイノ・セッポ、ヤンネ・ヒーティアイネン、アンネリ・サウリ、エリナ・サロ、アンティ・レイニ、ユッカ・ティーリサーリ、ユルキ・サーリオ、ユーニ・サーリオ、リスト・コーホーネン、パヌ・ヴォーコネン、トム・ウォールース、ヴェサ・マケラ他。

―――――――――

 『浮き雲』『白い花びら』のアキ・カウリスマキが監督・脚本・製作を務めた作品。カンヌ国際映画祭でグランプリ&女優賞(カティ・オウティネン)&エキュメニカル審査員賞を受賞した。
 男をマルック・ペルトラ、イルマをカティ・オウティネン、救世軍のマネージャーをアンニッキ・タハティー、ニーミネンをユハニ・ニユミラ、カイザをカイヤ・パリカネン、アンティラをサカリ・クオスマネン、バンドをマルコ・ハーヴィスト&ポウタハウカ、強盗をエスコ・ニカリ、銀行員をオウティ・マエンパーが演じている。

 アキ・カウリスマキ監督作品の定番ではあるが、過去の無い男は感情の起伏が乏しい。表情の変化は少なく、どんなことがあっても淡々とした様子を取る。暴行を受けて大怪我を負っても、苦悶や狼狽は無い。
 記憶を失っても、焦燥や苦悩は無い。その状況をすんなりと受け入れ、何の迷いもなく順応しようとする。男は記憶を取り戻したいとは全く思っておらず、過去を思い出すための行動など何も取らない。現在の暮らしの中で、喜びや幸せを見つけ出そうとする。

 男は記憶を失ったことに対して、まるでショックを受けたり落ち込んだりすることが無い。彼は今の生活を向上させるため、積極的に行動する。住まいを見つけ、仕事を見つける。女性に惚れて口説き、デートに誘う。
 そのためにアンティラと交渉し、車も借りる。バンドにレパートリーの追加を提案し、ライブを企画する。前述したように表情の変化が乏しいので、何を考えているかは分かりにくいが、少なくとも行動としては常に前向きだ。

 男は冒頭で3人組に暴行を受け、荷物を奪われるという不幸な事件に見舞われる。しかしツキが無いのは最初だけで、それ以降はラッキーが続く。たまたま通り掛かった子供たちが見つけてくれて、その両親が面倒を見てくれて、近所の人々も親身になって生活環境を整えるために協力してくれる。
 男がどこの誰だか分からないのに、誰もが優しくしてくれる。嫌な奴のように見えるアンティラにしても、なんだかんだ言いながら色々と力を貸してくれる。

 男は親切な人々との出会いによって色んなことが上手い方向に転がり、幸せを積み上げて行く。そんな中、銀行強盗のせいでトラブルに巻き込まれ、久々にツキの無い事件に見舞われる。しかし、ここでもイルマや弁護士のおかげで、簡単にトラブルから脱出する。
 そして男は銀行強盗に対して、全く腹を立てたりしない。それどころか、その強盗が「土木会社の社長で、銀行に機械を安く買い叩かれて口座を凍結された。元従業員に給料を未払いの給料を届けたい」と話すと、給料を渡す仕事を引き受ける。男が優しくて親切な男だから、周囲の面々も親切で優しくしてくれるのだ。

 終盤、強盗事件で男の写真が新聞に掲載され、妻が警察署に連絡して彼の身元が判明する。ただし妻は、捜索願を出していなかった。男は名前や職業を説明されても、まるで過去を思い出さない。彼はイルマへの未練を残しつつ、自宅へ戻る。
 男は妻と会うが、それでも記憶は全く戻らない。妻は彼に、喧嘩が耐えずに別れたことを話す。元妻にオヴァスカイネンという恋人がいると知った男は、「カタが付いた」と感じる。そして彼はオーヴァスカイネンに元妻と仲良く過ごすよう頼み、その場を後にする。

 コンテナの並ぶ場所へ戻った男は、例の3人組と遭遇する。男は再び襲われそうになるが、コンテナの住民たちが駆け付けて3人組を退治してくれる。アンティラも現れるが、もちろん彼も男の味方であり、親睦会が開かれることを教える。
 男はバンドのコンサート会場を訪れ、イルマに声を掛けて連れ出す。そして2人が歩いて行く様子で、映画は幕を閉じる。男は過去を失ったことで今の幸せを手に入れ、未来の幸せに向かって歩き始めるのだ。

 前半、ニーミネンがパブでカモメや灰皿を指差し、それが何なのか男に答えさせるシーンがある。ちゃんと男が返答すると、彼は「記憶が無くても問題ない。人生は後ろには進まない」と話す。この台詞は、映画のテーマだと言っていいだろう。
 男は記憶が無くても、それを気にせずに「今」の生活を前向きに過ごそうとした。どれだけ悩んでも、どれだけ落ち込んでも、それで現状が変化することなんて無い。そんな暇があったら、与えられた環境に順応して人生を有意義に過ごそうとすればいいのだ。そして人生は続くのだ。

(観賞日:2022年7月26日)

この記事が参加している募集

おすすめ名作映画

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?