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『危いことなら銭になる』:1962、日本

 殺し屋の修や秀らが、中田運送の車を襲撃した。彼らは運転手の木島と助手の武井を殺害し、車を強奪した。その車には、千円札印刷用の和紙10億8千万円相当が積み込まれていた。このニュースを知った事件屋、ガラスのジョーは、贋幣の名人・坂本に目を付けた。彼は坂本の身柄を確保し、和紙を盗んだ連中に高値で売り込もうと企んだ。

 ジョーは坂本が海外から戻ってくることを知り、空港で待ち受けた。ところが、計算尺の哲、ダンプの健という事件屋の2人も、ジョーと同じ目的を抱いて空港に来ていた。さらには和紙を盗んだ一味も、坂本の妻を見張っている。哲は他の連中を出し抜き、坂本を空港から連れ出そうとする。しかしジョーや健と揉めている間に、和紙強奪の一味に坂本を連れ去られてしまった。

 ジョーは一味が平和ビルの共栄商会にいると睨み、乗り込んでいく。しかし、そこには電話番の女・秋山とも子がいるだけだった。しかも、とも子は管理人の長井から仕事を紹介されただけで、ボスとは会ったことも無いという。ボスからクビを宣告された彼女は、退職金を貰うため、一味を探すジョーに付きまとい始めた。

 ジョーは長井に会い、共栄商会の借り主・土方がキャバレーのアカプルコにいると聞き出した。アカプルコでは、ストリッパーが踊る舞台の下で、坂本が贋幣の原版製作に精を出していた。ジョーはアカプルコに向かうが、一味の一人・紺野を脅した健も店のことを聞き出していた。健はアカプルコに乗り込むが、あっさりと土方らに捕まってしまう。

 とも子は健のダンプを拝借し、アカプルコに突っ込ませた。その隙に、健は一味から逃げ出した。店で騒ぎが起きている間に、ジョーは坂本を連れ出した。しかし、ずっとジョーを尾行していた哲に、坂本を奪われてしまう。坂本は土方らに、警視庁のロビーで100万円と坂本の身柄を交換しようと持ち掛けた。だが、ジョーの妨害によって取引は失敗に終わった。同じ頃、とも子は和紙を乗せた車の隠し場所を突き止めていた。彼女は車を奪うが土方らに捕まり、ジョー、哲、健と共に監禁される…。

 監督は中平康、原作は都筑道夫、脚本は池田一朗(後の隆慶一郎)&山崎忠昭、企画は久保圭之介、撮影は姫田真佐久、編集は丹治睦夫、録音は福島信雅、照明は岩木保夫、美術は大鶴泰弘、振付は漆沢政子、擬斗は渡井嘉久雄、音楽は伊部晴美。
 主題歌『危いことなら銭になる』作詞は谷川俊太郎、作曲は伊部晴美、唄は三宅光子。

 出演は宍戸錠、長門裕之、浅丘ルリ子、藤村有弘、郷鍈治、左卜全、草薙幸二郎、浜田寅彦、平田大三郎、武智豊子、山田禅二、野呂圭介、玉村駿太郎、井上昭文、黒田剛、光沢でんすけ、小柴隆、榎木兵衛、瀬山孝司、野村隆、八代康二、川村昌之、戸波志朗、三笠鉄郎、晴海勇三、中尾彬、大路達三、市原久照、玉井謙介、漆沢政子、北出桂子、瀬戸さをり、山下三千代、世良馨、武田賢一、中平哲弥、土田義雄、山岡正義、河合英二郎、笹木幸一、北京子。

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 都筑道夫の小説『紙の罠』を基にした作品。 
 タイトルは「ヤバいことならゼニになる」と読む。ガラスのジョーを宍戸錠、計算尺の哲を長門裕之、とも子を浅丘ルリ子、ワンを藤村有弘、修を郷鍈治、坂本を左卜全、ダンプの健を草薙幸二郎、土方を浜田寅彦、秀を平田大三郎、坂本の妻を武智豊子が演じている。

 中平康監督は、『狂った果実』などの作品が日本のヌーヴェルヴァーグに大きな影響を与えたと言われる人物である。
 そこにあるのは、アーティスティックな感覚に優れた演出家としての評価だろう。
 しかし、この映画はアートな匂いの強いフィルムではない。アナーキーでナンセンスなアクション・コメディーである。

 間の抜けた小悪党どもの人間関係は、敵対したり手を組んだりと、劇中で次々に変わっていく。ただし捌き方が上手なので、そこで分かりにくいってことは無い。
 終わってみれば頭に何も残らない映画だが、それでOK。
 たぶん、アニメ『ルパン三世』のノリが好きな人は、スンナリと入っていけると思う。ちなみに脚本の山崎忠昭は、後に『ルパン三世』に携わっている。

 冒頭、ご陽気で猥雑としたトーンで、「ヤバいことならゼニになる!」という掛け声が入る。その後、ムード歌謡チックな主題歌が流れてくる。どこか物憂げな女性の声で、「誰があなたを殺すのかしら」と歌う。
 ところが、1番が終わると、ご陽気で猥雑としたトーンで、「ヤバいことならゼニになる!」という掛け声が再び入るのだ。
 のっけから、そのナンセンスである。

 全体的に雑然としているのは、たぶん軌道を外れたり寄り道が多かったりするからだろう。
 例えば、とも子が車で移動する途中、ナンパしてきたトラッカーと柔道勝負を始めるシーンなんてのは、明らかに話を進める上では必要の無い寄り道だ。
 しかし、そのナンセンスな寄り道は、決して不快ではない。むしろ気持ちいい。

 ギャグ・シーンを殊更に強調するのではなく、基本的にはスカすようにして粛々と描写し、次のカットへ移行する。
 例えば計算尺のズボンがズリ落ちるシーン、その様子をアップにするのではなく、その前のカットと同じ調子でサラッと見せる。
 ギャグを強調した方がいいタイプの映画もあるが、これは違う。

 大抵の場合、主要キャラは総じてクールにボケをカマす。特にガラスのジョーは、どんなピンチに陥っても余裕の態度を崩さず、トボけた調子で対応する。
 そのクールなスタンスが、上手く雰囲気にハマっている。畳み込んだかと思えば、ユルいムードを醸し出したり、その緩急の使い分けも巧みだ。
 喜劇俳優が一人もいないのに、見事なコメディーになっている。

 何気なく描かれるシーンでも、その隅にまで小気味良さが存在している。
 特にジョー&とも子の掛け合いが絶妙。夫婦漫才のようなテンポの良さがある。
 とも子はかなり早口で喋っており、それは一つ間違えれば慌ただしさ、せわしなさに繋がりかねないのだが、ちゃんと「スピーディーでテンポの良い進行」になっている。

 セリフの無いシーン、動きのみの掛け合いシーンでも、テンポ感がいい。
 例えば坂本の見張り役を倒すシーン。ジョーととも子が交互に見張り役を自分に向けさせ、頭と腹を殴るという動作を同じリズムで繰り返す。
 2人の掛け合いにはカットバックが入る場合もあるわけだから、そのコンビの面白さは2人の芝居だけでなく、編集の上手さも貢献していると言える。

(観賞日:2005年8月7日)

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