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『蒲田行進曲』:1982、日本

 東映の京都撮影所では、新撰組の活躍を描く映画『新撰組魔性剣』が撮影されている。土方歳三を演じるのは倉岡銀四郎、通称・銀ちゃん。かつてはスターだったが、最近は落ち目になりつつある。この映画でも坂本竜馬を演じる売れっ子役者・橘の方がアップが多く、それが銀ちゃんには不満だ。

 『新撰組魔性剣』では、“池田屋の階段落ち”というシーンがあるはずだった。そのシーンでは、銀ちゃんが目立つのだ。しかし、大階段から落ちる役者が死ぬか半身不随になる可能性が高く、それをやるスタントマンがいない。そのため、会社は中止の決定を下してしまった。

 銀ちゃんにはお付きの大部屋俳優達がいる。彼らは大きな役を貰うことなど絶対に無く、チョイ役として映画に顔を出す程度の面々だ。その中の1人が村岡安次、通称ヤスだ。ヤスにとって銀ちゃんは憧れの存在で、短気な彼に殴られても離れようとはしない。

 ヤスの住む古アパートに、銀ちゃんが売れなくなった女優で恋人の水原小夏を連れて来た。彼女は妊娠4ヶ月だった。しかし銀ちゃんは関西経済団体の大物の娘・トモコと付き合い始めたため、小夏が邪魔になっていた。そこで銀ちゃんは、ヤスに小夏と結婚するよう命じる。

 ヤスは戸惑いながらも、その指示を受け入れることにした。しかし、小夏はヤスのことなど全く相手にしていない。小夏が妊娠中毒症で入院している間、ヤスは危険な仕事を幾つもこなして金を稼ぎ、小夏に喜んでもらうために家具や調度品を揃える。

 ヤスは小夏を田舎に連れて行き、大歓迎を受ける。ヤスの母は子供の父親がヤスではないと知りつつも、自分の息子をよろしく頼むと小夏に告げる。トモコと別れた銀ちゃんは小夏に復縁を迫るが、彼女はそれを断ってヤスと結婚する。

 ますます落ち目になった銀ちゃんは『新撰組魔性剣』でも出番を削られ、やる気を失っていた。せめて階段落ちのシーンがあればと話す銀ちゃんの様子を見て、ヤスは階段落ちの役を志願する。だが撮影日が近付くにつれ、ヤスは荒れ始める。そして、ついに階段落ちの撮影当日がやって来た…。

 監督は深作欣二、原作&脚本はつかこうへい、製作は角川春樹、プロデューサーは佐藤雅夫&斎藤一重&小坂一雄、撮影は北坂清、編集は市田勇、録音は平井清重、照明は海地栄、美術は高橋章、衣裳は黒木宗幸、題字は和田誠、擬斗は菅原俊夫&上野隆三&三好郁夫、音楽は甲斐正人。

 出演は松坂慶子、風間杜夫、平田満、高見知佳、原田大二郎、清川虹子、蟹江敬三、岡本麗、汐路章、曽根晴美、榎木兵衛、千葉真一、真田広之、志穂美悦子、高野嗣郎、石丸謙二郎、萩原流行、酒井敏也、清水昭博、佐藤晟也、長谷川康夫、中村錦司、多賀勝、阿波地大輔、相馬剛三、鈴木康弘、丸平峯子、笹木俊志ら。

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 つかこうへいの小説を原作者自身が脚本化し、深作欣二がメガホンを取った作品。
 ヤスが小夏を喜ばせるために金を稼ごうと危険なスタントに挑むシーンでは、短い時間ではあるが千葉真一、真田広之、志穂美悦子が登場し、アクションを見せている。
 ヤスが小夏や銀ちゃんのために危険なスタントに挑戦するシーンが重要なポイントなのだから、そのシーンのスタントを担当した人の役割が重要と言えるかもしれない。スタントとしては、猿渡幸太郎がクレジットされている。

 メインの3人が歌う「蒲田行進曲」が印象深いのだが、実は主題歌としては「蒲田行進曲」だけでなく、中村雅俊の歌う「恋人も濡れる街角」(作詞&作曲は桑田佳祐)も指定されている。こちらの方は残念ながら、あまり作品にフィットしているとは思えない。

 クレジットの順序は小夏役の松坂慶子、銀ちゃん役の風間杜夫、ヤス役の平田満となっている。しかし、この映画の主役は平田満だろう。
 先に書いておくが、松坂慶子も風間杜夫もイイ。ただの「イイ」ではなく、「たまらなくイイ」のだ。しかし、それでもやっぱり主役は平田満だ。そして、平田満は「ものすごくイイ」のである。

 この作品で描かれるのは、決して見返りを求めないという、ヤスの無償の愛だ。ワガママで暴力的な銀ちゃんに対する、そして自分を全く相手にせずに冷たくあしらう小夏に対する、無償の愛だ。ヤスは体を張って、2人のためにひたすら尽くす。
 ヤスの生き方は、どうしようもなく不器用で不恰好だ。しかし、そのカッコ悪さがどうしようもなくいとおしく思える。マッチョな精神構造の人には受け入れられないだろうが、どこかマゾヒステックな部分がある典型的日本人の私はスンナリと入っていけた。

 意気消沈していた銀ちゃんのために一度は危険な階段落ちを引き受けながらも、撮影日が近付くにつれてヤスはビビって荒れ始め、スタッフにも横柄な態度を取る。そんなヤスの姿を見かねて、銀ちゃんは彼を殴り倒す。
 そこでヤスは「いつもの銀ちゃんに戻った」と喜び、階段落ちに挑む覚悟を決める。結局、ヤスは銀ちゃんに怒られることが好きなのだ。端から見れば酷い扱いかもしれないが、ヤスにとっては理不尽な上下関係が望ましい状態なのだ。

 この映画は舞台的とでも言えばいいのか、とにかくフィクションであることを徹底的に強調する。銀ちゃんがヤスに小夏との結婚を迫るシーンで急に雷雨が降り出すなど、ワザとらしい演出がある。風間杜夫の演技はかなり臭い。
 しかし、風間の演技が大げさだからこそ、銀ちゃんとヤスの“イジメの構造”が不快に感じない。基本的には「理不尽な上下関係」という重くて暗いテーマを持っているのだが、軽妙なタッチで描いたことが成功している。優れた人情喜劇だ。ただ、舞台が東映の京都撮影所なのに、蒲田行進曲というのは違うと思うが。

(観賞日:2002年2月5日)

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