お好きでしょ、こんなのも……!?
お嫌いですか、ロボットは?#87 リスケ、ならぬリスキ? いや、手持ちの技を生かす
――いらっしゃいませ。
マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。
――おや? 今夜はビシっとスーツ姿で。大事な商談でもあったんですか?
いや、そうじゃないんだよマスター。暦の上では処暑も過ぎたしさ。今年の夏は異様に暑かったから、普段は半そでシャツ一枚なんて格好が多かったんだけど、そろそろサラリーマンらしくちゃんとした格好に戻ろうと思ってさ。そうは言っても、やっぱり暑いね。オレは汗かきだからさ。電車のイスに座ってもたれると、上着まで汗が染みてるのが分かるぐらいだよ。
――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「鮭とキノコのガーリックバターしょう油炒め」かぁ、へぇー。秋鮭って言うもんね。そろそろ天然物のサケが出回るころなんだ。うまそう! サケと聞くと北海道を連想するから、海産物とか野菜とかが次々と頭に浮かんで、あれも食いたいこれも食いたいって思うんだよなぁ。そういえばしばらく北海道に行ってないなぁ。最後に行ったのは、5、6年前だっけなぁ。そういえばそのころだっけなぁ、いやもうちょっと後だったっけなぁ、自動車のクラッチメーカー・大銀製作所がロボット事業に進出したのって。あれはあっぱれ、いい判断だったよなぁ……。
大阪の門真に、自動車やバイク、農機具向けにクラッチやトランスミッションを作る大銀製作所って会社があってね。むかしはレンコン畑の中にポツンと建つ小さなビルが大銀の本社だったんだ。本社に横のノコギリ屋根の建物が本社工場でね。クラッチの歯車の歯を削る研削盤を買ってくれてたんで、商社勤めのころは関西方面への出張の時はよく立ち寄ってた。
なかなかいい雰囲気の会社でね。こんちは~なんて玄関入ると、いらっしゃいませーなんてあいさつが帰ってくる、気さくな社風がオレは好きだったんだ。今どきの会社って、玄関入ってもインターホンやタッチパネルがポツンと置かれているだけで殺風景でひと気がなかったりする会社が増えたけど、当時はカウンター越しに社員が応対してくれてたんだ。
自動車が電動化するって話がボチボチささやかれてたころで、大銀はどうするかって、社内でもあれこれ話はあがっていたらしい。どうするも何も、そもそも取引先の自動車メーカーですら決められないんだから、部品会社の大銀が独自に方針なんて決められないさ。社長の長吉さんとよもやま話をしてた時も、どうなっちゃうかねぇなんて他人事のように聞こえた。
ところがあの時は違ったんだ。ちょっと工場を見ていかないか、なんて言い出すものだから、ハイと二つ返事で長吉社長についていったんだ。大銀の工場はいつもきれいでね。床なんかピッカピカ。同じメーカーといえど、同業の自動車部品ではなく食品か製薬会社の工場みたいにピッカピカなんだ。切削油を使う工作機械だって、本体のカバーから何から何までピッカピカに磨き上げてある。オレが入れた歯車研削盤なんて、20年、30年なんて当たり前に使う機械なんだけど、新品とは言わないけど、2、3年前に入れたと思うぐらい、丁寧に扱われ磨き上げられてた。
機械への材料の供給には、既にロボットが導入されてて自動化が進んでいたし、工程間にはAGVと呼ぶ自動搬送機が採用されて、部材を自動で運んでいた。
「たにやんさぁ……」
長吉社長はオレのことをたにやんって呼ぶんだけど、ちょっと間を開けて、決心したように話し始めたんだ。
「ウチもいろんなロボットを導入してきたんやけど、もしもや、もし仮にウチがロボットを作ったらやで、たにやんのところで扱ってくれる?」
へ? と耳を疑ったよ。当然だよね、大銀はクラッチの会社なんだから。製造ラインを抜けて、恒温の測定室の隣に、プレハブのような小さな部屋があって、そこのドアを開けたわけ。カードキーを使って。オレはてっきり資材庫か書類の倉庫ぐらいにしか思ってなかったんだけど、中で10人ぐらいが、何か組み立てたり、計測器とにらめっこしてたんだ。実はこの部屋、極秘プロジェクトとして進められていたスマート技術室だったんだ。
大銀が持つ社内技術を生かして、自律走行が可能なロボットの開発を進めていたんだ。そりゃ、大銀は自動車部品メーカーだし、そもそも大銀に入社してくるような連中は、みんなクルマ好きだから。何かを走らせる、動かすってのはお手の物なのさ。
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