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ロボットなんて大っ嫌い!

お嫌いですか、ロボットは?#47 そりゃちょっと積み過ぎでしょう

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? 先週と先々週は顔を出せず悪かったね。いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――ここのところずいぶんとお忙しそうですね。今週もお疲れさまでした。
 いやぁ、参ったよさすがに。東京の展示会も久しぶりで良かったけど、夏の愛知の展示会も、初開催だから主催者も気合いが入っててさぁ。海の物とも山の物とも分からない初開催の展示会で178社だかを集めたんだから大したもんだ。セントレアの空港島に出来た展示場で3つだか4つだかの会場を埋めるってんだから。説明会で急にウチの部長が慌てたのも分からんではないよ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「山菜のフリット3種盛り」かぁ。山菜とは春だねぇ。ツクシも入るんだ。この前はマスターのネーミングに感心したけど、料理の季節感も絶妙だねぇ。料理もそうだけど、コロナで一番変わったのは、マスターかもしれないねぇ、携帯電話すら嫌がって持たなかったマスターが、一挙にスマホだもんねぇ。送ったメールに返信があった時には驚いたよ。ヒトは進化するんだねぇ。これが山菜のフリット3種盛り? 盛り過ぎというか、サービスして積み過ぎじゃない? そうだ、積み過ぎと言えば思い出すよ、物流現場の自動化案件を。運送会社の案件は、特にオレたちSIer泣かせの案件なんだよなぁ……………。


 クルマでトラックの後ろを走ると、荷台の下の部分に「積載重量9,700kg」とか「3,800kg」と書かれたステッカーが貼ってあるのを知ってる? 積載重量っての読んで字のごとく、そのトラックに積める荷物の重さのこと。大型トラックで「10トン車」、中型や小型のトラックで「4トン車」や「2トン車」なんていうのは、おおよそ積める荷物の重さの目安なんだ。厳密に言えば、積める荷物の重量は、ステッカーの重さよりも少ない。

 なぜなら、大型の10トン車の場合は、車両総重量が20トン以下に定められていて、その20トンからシャーシと呼ばれる、エンジンや運転席、タイヤなどを含んだ車体部分と荷台部分の重さを引いた分が積載重量になる。最近は、荷台の後ろにリモコンで操作するエレベーターが付いたり、屋根の部分を開閉させる装置が付いたりと、車両自体がどんどん重くなり、積載重量がひと昔前より小さくなる場合が多い。

 トラックの荷台にパレットや台車、荷物が傷付かないようにする毛布などの緩衝材、会社から支給されたタブレット端末、ドライバーが持ち込んだ弁当屋ペットボトル、水筒なんか私物の重さを引いた重さこそが、正確な積載重量となる。これに違反した過積載で公道を走ると、立派な道路交通法違反に問われるんだ。

 過去には、大型トレーラーで建設現場にブルドーザーやユンボなどの建機を運んだ運送会社が、過積載で道交法違反を問われたケースがあった。書類上は積載重量ギリギリだったのに、現場で作業を終えた後のユンボには、大量の土砂がへばりついていた。変形したタイヤや荷台の沈み込み具合を不審に思った警察官が職務質問し、計量台と呼ぶ、高速道路の出入口や交通量の多い国道にある重量計に載せて、過積載を問われたなんてこともある。

 じゃあ、大手を含む運送会社がそれを厳密に守っているかといえば、ここだけの話、ほとんど守られていないというか、意識もされていないのが現状だ。普段から事あるごとに「コンプライアンス(法令順守)がっ!」と言う上場企業だって、実態はそんなもんさ。どうしてって? そりゃ、積んだ分だけ、積載重量を超えた分はそのままもうけになるからだ。

 実際は、運送会社は常に同業他社との競争にさらされるから、もうかると言っても大もうけできる程じゃない。離島を除き「日本全国翌日配達!」と宣伝しながら「2日かかりました」じゃ話にならないから「積載重量を超えるから積みません」「積まずに支店に残してきました」とは言えない。ましてや「積載重量を50㎏超えたから別のトラックを用意しました」なんて余裕のある運送会社はない。

 荷物に付いた伝票、つまり「送り状」の情報は、貨物追跡のシステムに入力される。送り状には当然、重さも記入されているから、その気になれば積載重量を超えたらエラーメッセージが出るとか、入力できないようにする、積めないようにするなんて事はすぐにできる。

 でも実際は、荷台のスペースに余裕があるなら「積めるだけ積む」のが暗黙の了解。過積載が過ぎて、重さで荷台が大きく沈み込んだり、丸いタイヤが大きくひしゃげたりしなきゃ「見ない事、気づかなかった事にする」のが普通だ。

 さて、ここからが本題。これこそがオレたちSIer泣かせなんだ。オレたちが用意するロボットや自動搬送装置(AGV)、自動ラックなんかには可搬重量、可搬質量なんてのが決まっている。それを基にして弾き出した、いわゆる想定寿命ってのもあるんだ。どれぐらいの重さの物を、1日あたりどれぐらい、年間で何回動かすから、装置の寿命はこれぐらい、メンテナンスの頻度はこれぐらいと決めるんだ。ところが、物流現場の自動化では、客の運送会社が出したデータをそのまま鵜呑みにして使えないんだ。

 たとえば、運送会社や倉庫会社などの物流会社から自動化を頼まれると、トラック1台当たりで想定される荷物の量とか、重量なんかを弾き出さなきゃならない。ところが、運送会社から出されるデータがそもそもあてにならない。というか、運送会社自身も正確なデータを持ち合わせていない。そもそも、運送を依頼する客自体が、正確なデータを運送会社に開示しないからだ。

 たとえば、製品が詰まった段ボールケースには10㎏と印刷されているのに、送り状には堂々と「8㎏」と書いてあったりする。つまりこれは、客が運送会社に対し「本当は10㎏だけど、運賃は8kgで計算してね」との無言の圧力だ。

 さらに、運賃の計算方法は重量の他に、箱のタテ・ヨコ・高さを基にした「才(さい)取り」と呼ぶ、質量で計算する方法もある。1辺が30cmの立方体が1才で8kgに換算する。だいたい、直方体のブリキ缶、コントとかで天井から頭に落ちる「一斗缶」の大きさが、だいたい1才の目安だ。

 重量で計算するか、才などの質量で計算するかは、客の荷物によって使い分ける。重いものは重量で、軽くてかさばるものは質量の「才」で計算するのが道理だが、これは運送会社と客との力関係で決まる。現状では圧倒的に、客の方が力関係は上位にある。

 運送会社がオレたちSlerに提供するデータは客から出されたデータなので、信用してそのまま使えない。あくまでも、SIerが実地で個別に集計しったデータでなければ、自動ラックの棚の大きささえ決められない。ましてや荷物を運ぶロボットやAGVの選定では、運送会社が出したデータを使ったらえらい事になる。稼働初日から「ロボットが動かない」「AGVが止まった」などのトラブルに見舞われる事になる。

 その点、一般客が相手の宅配便業者の案件はスムーズに進む。コンビニのレジで客の目の前でサイズや大きさを計り、伝票に記入して計算するから間違えようがない。トラックの過積載もほぼないし、物流センターの自動化も、事はスムーズに運ぶんだよ。物流業界で自動化が遅れているのも、案外こんなところに、事情があるんじゃないかなぁ。


――たしかに、商売をする上で、客や取引先力などとの力関係は必ずあります。バーテンダーにとっては、大声を出したり、他の客に迷惑をかけるような失礼な客以外は、全て「お客さま」です。でも、酒や料理の材料を仕入れる取引先に対してはウチの店こそ「お客さま」。こちらが気付かないだけで、多少の迷惑はかけているでしょうね。ウチの店は月決めで決済しますが、開店したばかりで取引履歴のない新規の店は、酒の卸会社から毎回、現金決済が求められるとも聞きます。どこの世界でも、力関係はあるのでしょうねぇ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。(2022年3月25日(金)にウェブマガジン『ロボットダイジェスト』に掲載されたものです)本家の掲載『お嫌いですか、ロボットは?』がなぜか読めなくなり、問い合わせが多かったので、一時的にこちらで掲載します。本家での掲載が復活したら、こちらでの掲載は破棄します。悪しからず。

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