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短編334.『オーバー阿佐ヶ谷』34

34.

 フッドのホーミーから借りた原付で明治通りを爆走する。後ろからけたたましいクラクションが響く。曲がりもしないのに右ウィンカーを付けっぱなしにしているせいかもしれない。かりそめのメトロノーム。ウィンカーが刻む間欠的なビートに合わせて、ライムをフロウしていく。

          *

曲がるつもりもないのに付けっぱなしのウィンカー
メカニカルに刻むその音メトロノーム代わりに
これが俺のビート/唇はヒート
原付の上のステージ/疾走するメッセージ
グルーヴするぜ言葉の渦潮/リムーブしろよハミ出す単語

右のウィンカーは点滅中
だけど進むぜ、そのまま検問でも
デーモン轢き殺して
遺体に顔射

鳴らされるクラクション
裏拍に鳴るラッパみたいに「パッパー!」
俺はラッパー
お前のパパじゃないぜ生憎

トラック作る時は協力してくれよトラックドライバー
デコトラで突っ込んできてくれよRecブースにドカジャンパー着てさ

明治通りを爆進中
RAPしながらガシマン中
方針はドープに更新中
行進するブレーメンが扇動中

欲動するぜ
その躍動する腰周り
北区中をドサ回り
王子を越えて、それから桐ヶ丘の方へ

          *

 教えられた住所に着いてみると、そこにはもう誰も住んでいない団地群だけがあった。サングラスを外した肉眼で見ても廃墟だった。住所の聞き間違えか、あっちの伝え間違いだろうと思って、もう一度連絡する為にスマートフォンを開く。番号は知らないが、さっき掛かってきた番号に掛け直せば良ーーー。

 ーーーそういえばあいつ、非通知で掛けてきやがってた。

 私はスマートフォンを片手に持ったまま途方に暮れていた。誰もいない廃墟団地群の真ん中で。既に枯れ始めることを選んだ雑草が乾いた音を立てて揺れていた。

 ーーーまぁ次のミュージックビデオの撮影場所のロケハンに来たと思えばいい。何事も無駄がない。【どん底から這い上がるのがサグライフ】だもんな。しばらくしたら業を煮やしてまた掛けてくんだろ、あのbitchも。

 とりあえず時間潰しに指定された号数の団地の中に入ってみる。建物内は暗く、外の青空からは隔絶されていた。そこには冷んやりとした空気がしばらく動いていない澱みとなって充満している。枯葉が階段脇に固まっていた。
 何かの視線を感じた。暗闇の奥に目を凝らす。猫だった。虎柄の猫。その猫は私を射るような視線で見つめていた。しばらく見つめ合ううちにあることに気が付いた。ーーーこの猫は私を見てはいない。私を透過し、私の背後にある何かに目を光らせている。
 振り向くには勇気が必要だった。ゆっくりと振り返るべきか、一挙に首を回した方が良いのか。迷っていた。どちらにせよ結果が同じであれば、迷う必要もないのだが、選択肢によっては”見てはいけないもの”を見てしまう恐れもある。ーーーそれだけは避けたかった。

 私は時限装置付きの爆弾を解除する時の慎重さで首を回した。借金はないから簡単に首は回った。

          *

 見覚えのある顔がそこにあった。”つり橋効果”で危うく惚れてしまうところだった。
「もうちょっと何か登場の仕方は考えてくれよ、Lady」



#阿佐ヶ谷 #北区 #桐ヶ丘 #団地 #演劇 #小説 #短編小説

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