○○から見たトランスジェンダーの私その⑤職場の元同僚のHさんから見た私
「一緒に働いていても、実は相手のことを知ろうとしていなかったことに気づいた」(Hさん)
◆出会いから2か月後のカミングアウト
田崎さんと出会ったのはもう10年以上前です。
知り合いの紹介で、私は、障害のある子どもたちの通所施設でヘルパーとして働くことになりました。それまで、デイサービスセンターで高齢者介護にかかわったことはありましたが、障害のある子どもたちに接したことはありませんでした。
初めての仕事はわからないことだらけでした。目の前で子どもが泣いていても、なぜ泣いているのか、どうすればいいのか、私にはわかりません。保育士だった姉は「障害を持っている子どもも、かかわっているうちに、気持ちがわかるようになるし、かわいく思えてくるよ」と私に言いましたが、最初のうちはそんなことを感じ取る余裕がないほど忙しく、必死で働いていました。
私が働き始めて1か月ほどしたころに、田崎さんが保育士として入所しました。初めて会った時の田崎さんは茶髪でジャージ姿で、まさに若くて元気なお兄ちゃんでした。聞けば 乳児院や児童発達支援センターで働いたことがあるとのこと。実際、私から見ても、障害のある子どもたちへのかかわりがとてもじょうずでした。自然と、田崎さんは私にとって、年下ではあるけれど、仕事のことを教えてくれる先輩のような存在になっていきました。
田崎さんは子どもたちの様子や引き継ぎ事項などを、業務日誌にきちんと記録していました。田崎さんの日誌のおかげで、私たちは一気に仕事がやりやすくなりましたし、日誌は、私にとって子どもの見取り方を学ぶための教材でもありましたから、田崎さんの書いた記録は特に丁寧に目を通しました。
田崎さんの筆跡は、若い男の子が書いたものとは思えない、とてもかわいらしい字でした。普段の元気な田崎さんのイメージとの違いに驚くように、私はよく「ホント、田崎さんの字って、女の子が書いた字みたいですねぇ」と言ったものです。すると、そんな私の言葉を聞いた上司は、なぜかいつも笑顔になるのでした。
田崎さんと一緒に働き始めて2か月くらいが経ったある日のことでした。田崎さん、上司、そして私が話をしていると、田崎さんが私に「僕、女なんですよ」と言いました。何を言っているのか理解できない私は「女? だれが?」と聞きました。「僕が」。「いや、だから誰が?」。今度は上司が言いました。「だから田崎さんが」。目の前の元気なお兄ちゃんが女性。私は「えぇー!?」と声を上げて驚きました。
田崎さんのカミングアウトに、私はとても驚きましたが、それ以上のことは私から田崎さんに何かを聞くことはしませんでした。「僕は女」と本人から教えてはもらったけど、どんな人生を送ってきたのか、何となく、私からは聞いてはいけないことのように思ったのです。
カミングアウトを受けて、田崎さんは「元気なお兄ちゃん」から、「元気なお兄ちゃんにしか見えない本当は女性の田崎さん」に変わりました。ただ、一緒に働く田崎さんは、それまでの田崎さんと何も変わりませんでした。本人から、既にホルモン治療を受けていること、将来性別適合手術を受けて、戸籍上の性別を男性に変えようと考えていることを聞いても田崎さんに対する印象は変わりませんでした。私にとっては、ずっと、子どもへの接し方が上手で、頼りになる田崎さんだったのです。
◆知らないことで人を傷つけてしまうことがある
田崎さんが性別適合手術を受けたのは、私たちが出会ってから4年目になった年でした。
手術後1年ほどして、職場の勉強会で、田崎さんが自分のこれまでの人生について語る機会がありました。トランスジェンダー当事者として、性と生の多様性についての講演を行っていた田崎さんに、職場の上司が「みんなにも話してあげてほしい」と依頼し、実現したものでした。
その勉強会で、私は、初めて田崎さんの人生について知りました。人生最後の女性らしい服装として振り袖を着た成人式の日の様子、ホルモン治療を始める前のボーイッシュな女性保育士の姿なども写真で見ました。本人のカミングアウトを聞いて既に5年が経っていましたが、「田崎さんはホントに女性だったんだ」と衝撃を受けました。カミングアウトの日よりも大きなショックでした。
5年間、一緒に働いてきた田崎さんは、女性から男性に性別が変わっても、私にとって変わらない存在でした。だから、私は、それで十分だと思っていたのでしょう。田崎さんを通して、性と生の多様性について自分から知ろうとしていなかったことに、その日、私は気がつきました。
例えば、私は、田崎さんという存在が身近にいながら、「おネエ系」としてテレビに登場するような人たちを笑いの対象とし、それぞれに苦しみや悩みがあったかもしれないことを想像することはありませんでした。田崎さんと一緒に働き、何でも話せる仲になっていながら、自分の生き方や性のあり方について悩み、苦しんでいる人が社会にたくさんいることにまでは目が向かなかったのです。
知らないことで人を傷つけてしまうことがある。知らないところで傷つけてしまっていることがある。そのことに気づいた私は、少しずつ変わっていきました。
例えば、性の多様性に関する知識がない高齢者の方が「男の身体なのに、女の言葉を使うなんて、気持ち悪いね」などと偏見をそのまま言葉にした時、以前の私なら、お年寄りにあれこれ言っても仕方がないと考え、「そうですよねー」と受け流していました。しかし田崎さんの人生を知ってからは、「社会にはいろいろな人がいて、それぞれに一生懸命生きているのだから、そんな言い方しちゃダメよ〜」と笑顔でたしなめるようになりました。すると、ほとんどの人は、「まあ、確かにそうだよね」と理解してくれます。
田崎さんに出会い、田崎さんと働き、田崎さんの人生の苦労を知った私にできることは、そういうことなのだろうなと今、思っています。
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