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34年前の教護院⑥ウンコ食べろ

ポン太が居なくなってから、
私の楽しみは1つ無くなった。
そして一緒に脱走した生徒も憎く思えた。

どちらが計画したのか、どう逃げたのかは分からなかったが、2人は見つかることは無かった。

勿論私は先生が疑った様なことは
何も無く、全くの無関係だ。
もともと友達でも何でもない。
それに対して奥さんも、
「この子は何も知らんでしょ。」と
珍しく助け舟を出した。
そのため疑いは晴れ、ホッとした。

新しい子が2寮に入る度、
私への矛先は緩くなったが、
それでも定期的に殴られていた。

上手くやろうと思うほど、
不器用だった。
上手な子は、滅多に怒られなかったというのに。

ある日の給食当番。
部屋のメンバーと、そこに先生が付き添い
食事を学院敷地内の別の棟まで取りに行った。
寮に戻ると私達当番が人数分に取り分けていく。

私はご飯の量がいつもより多い事に気がついた。

毎回食事の度、奥さんが食事量を
見て、だいたいこれくらいで。と、おかずやご飯の量の見本をつくる。

見本通りだと、どうしてもご飯は余る。

しかし、食事を残すということが、そもそもやってはいけない事であり、苦手な食べ物も吐きそうになりながらも、顔には出さず食べなくてはならない。そのため、ご飯が余ることや、余ったご飯をどうするかなんて、怖くて聞けなかった。

見本にもケチをつけるようで、私はご飯が残らないように、多めによそった。

「いただきます」の号令をしてもらうため、当番が奥さんを呼びに行く。
奥さんが事務所から出てくると、
直ぐにご飯の量の多さに気がついた。

「今日、ご飯配ったの誰かいな?」

「はい!」と直ぐに返事をして、私は立ち上がった。

「ご飯多いけど、何でかいな?」
そう言って、大きく冷たい目で睨みつけてくる。

「奥さんごめんなさい。」
やってしまった。
怒っている。
殴られる。

「知らんがな」と言い、奥の自宅へ戻ってしまった。

すると勿論現れる。
縄跳びを持った先生だ。

恐怖を堪える。

先生は楽しそうに近づいてきて、
縄跳びで私のお尻を叩き始めた。

「先生ごめんなさい。」
泣きながら訴える。

その時の先生の楽しそうな顔は、
一生忘れないだろう。
先生は、生徒を殴る時、
いつも楽しそうな顔をしていた。

そこへ奥さんが現れ、
「他の子は食べちゃいなさい。はい、いただきまーす!」と号令をすると、
ほかの生徒達は
「いただきます!」と声を合わせ、食べ始めた。

どうして聞かなかったのだろう。
聞けば怒られると思っていた。
でも、結果は逆だった。
後悔しても、遅かった。

縄跳びも相当に痛い。ピシッと縄跳びの先端が、
最初の一撃の後に遅れて当たる。
それがたまらなく痛い。
ダブルで痛みが押し寄せてくる。
縄跳びは、しっかり筋が残って青紫色に腫れる。
縄跳びが当たった芯の部分は
赤く、血がにじむ。

しかし、おしりや、太もも付近なので、服で隠れるが、その服がふれるだけで痛い。

見えない場所なので、
他所の先生にバレる事はない。
バレるのを懸念してか、
叩く場所は必ずお尻と太もも付近で、
顔を殴ることは無かった。

いつもの様に私は自分に思い込ませる。
「これは現実では無い。
私に起こっている出来事では無い。別の人間に起きてる出来事だ。私は上からそれを見ているだけ。」何度も何度も、心の中で念仏のように唱える。

散々縄跳びで先生に遊ばれたあと、
私はようやく席につけたが、
皆はもう、食べ終わっている。

「さっさと食え!」先生にそう言われ、

腫れ上がったお尻の痛みを我慢しながら、椅子に座り、「いただきます」を言ったあと、急いで食べ始めた。

奥さんもそれを見ている。

ストレスと痛みで、食べられるわけがなかった。
それでも無理やり食事を口の中に詰め込む。

多分、限界だった。

なんの前触れもなく私は、
自分の食事の上に、突然嘔吐した。

もう嫌だ。

辛くて苦しくて、恥ずかしかった。
これを食えと言われるのだろう。
嫌だ。

「ほら、言わんこっちゃない。吐いたところ避けて、食べれるとこだけ食べなさいな。」
呆れた様に奥さんは言う。
私はできる限り食べた。

この寮では誰かが怒られることは
日常茶飯事。
それが自分で無ければ幸せだが、
自分だった時は、
大きなストレスと恐怖を感じた。

もともとこの寮には、先生、奥さん、生徒同士に、コミュニケーションはなく、ましてや先生たちと、面談的なものは一切無かった。

自分の気持ちも、悩みも全部、
押し殺さなければならない世界だった。

….........................................................
とある日。

気がつけば誰かが事務所前で項垂れていた。
あまりジロジロ見るのも仲間だと思われるので、皆見て見ぬふりをする。

この時の雰囲気は独特だ。

ターゲットは世界中から、見放されたような感覚になる。

私も今回は、見放す側。

しかし何でそんなに怒られているのかよく分からない。
暫くすると先生から、衝撃の一言があった。

「お前、人の言うこと、何でも聞くんだったら、今からウンコして食え!」

うわっ。さすがに私は自分の耳を疑った。
この人、本当に先生なのだろうか。
ただのイジメじゃないか。

・・・そう思うのが正しいはずが、

「先生と奥さんは、いつでも正しい!」

どうしてだろうか。
2寮での暮らしに慣れてくると、
そう考えるようになっていた。

まさか。出せと言われて出るものでもないし、
まさか。食べるはずないだろう。

でもその子はウンコを出し、
それを食べた。

先生はその様子を実況し、とても楽しんでいた。

それでも先生が正しいと思ってしまう。
私はもう、とっくに壊れていたのだろう。

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