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チェコからやってきたオーケストラと、静かな大喝采。

東欧チェコから、プラハ・フィルハーモニア管弦楽団というオーケストラが来日。新宿にある東京オペラシティで演奏会を聞いてきた。この演奏会、大変感動的だったのは、自国の作曲家であるスメタナとドボルザークで組まれた素晴らしいプログラムと演奏技術ということだけではなく、この状況下で海外オーケストラが来日し、しっかりと開催を実現させたことではないだろうか。演奏終了後、森から湧き出た一雫が水流となりチェコの繁栄をもたらした大水脈モルダウのように、大きな拍手は鳴り止まずコンサートホールを暖かく包んだ。

作曲家の出身地や、モチーフにした国や土地など、どのオーケストラが演奏するかによってその楽曲が生み出すものは異なる。生の演奏会ではオーケストラが映し出す音楽の雰囲気や空気感というものを直に感じることができ、観客はそれを楽しみにしている。プラハフィルは設立1994年という比較的若い団体だが、1600の客席はほぼ観客で埋まっており、久方ぶりの海外オーケストラの来日に心躍らせ来場した音楽ファンが多かったのだろう。この日の演奏会を、楽曲紹介と共に振り返ってみたい。

チェコを代表する楽曲

演奏されたプログラムはチェコが誇る大作曲家による楽曲による構成で、どれも日本での知名度も高く、プロアマ問わずコンサートで取り上げられることも多々ある。スメタナもドヴォルザークもチェコの国民学派の代表的な作曲家であり、郷愁を感じさせるボヘミアの音楽は日本人にも親しみやすい。私も大好きな3つの楽曲だ。Spotifyのリンクも貼り付けるので、ぜひ聞いてみていただきたい。

スメタナ:交響詩「わが祖国」より“モルダウ”
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲
ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」

一曲目は、スメタナの交響詩「わが祖国」より“モルダウ”
授業で聞いた方も多いのでは。歌詞はなくとも川の流れが見に浮かぶ。授業中に楽曲が生まれたドキュメンタリーを見て号泣し、オーケストラで波のさざなみ(非常に難しいが色彩豊かで美しい)をビオラで半べそをかきながら弾き、その後プラハ城でモルダウを演奏する機会をいただくなど、個人的に縁がある曲。
二曲目は、ドヴォルザークのチェロ協奏曲。ボヘミアの民俗学調のリズムと、木管楽器を始めとするオーケストレーションが美しい。リンクは第三楽章だが、ぜひ第一、ニ楽章も聞いてみて。
三曲目は、ドヴォルザークの交響曲第9番。印象的で口ずさみやすいメロディーが多く、特にこの第二楽章は「家路(遠き山に日は落ちて)」として日本でも有名だ。個人的には第二楽章開始5分〜8分くらいの木管楽器のアンサンブルを聞いてほしい。ドヴォルザークがアメリカ滞在中に故郷に寄せたメッセージとして書かれたというこの交響曲は、旋律が醸す郷愁と相まって、生の演奏で聞くと感動的だ。ビオラはここでも地味だが難しい。

開演

東京オペラシティのコンサートホールの定員は約1600席。演奏会は祝日昼間ということもあり、高齢ご夫婦や友人同士2人などでの来客が目立っていた。平日夜とは違い、1人客はあまり多くなかったように思う。私は1階席中央に座っていたが、周囲はほぼ満席。座席の間引きはないために隣同士の距離はほぼなかったが、皆マスク着用なのはもちろん、鑑賞中に話す人はいないし、休憩中の会話もひそひそ声、ホール内は飲食/カメラ撮影禁止ということもあり、非常に落ち着いていた。入り口でのチケットもぎりのスタッフも1人チケットを切ったら、除菌液が染み込んだ紙で手を拭いていた。衛生面の配慮が有難い。
プラハ・フィルハーモニー交響楽団は団員も若く、演奏も力強いオーケストラだった。一曲目のモルダウから、指揮者と演奏者が一体となって作り出すテンポやリズム感、その迫力を間近で感じることができた。音楽配信で聴き慣れた楽曲と、同国出身のオーケストラが演奏し、それをホールで他の観客と同じ空間で聞くのとは異なった楽しみ方がある。演奏者も観客も一緒に、音楽というか、熱気を分かち合えるような不思議な感覚。そんな互いの喜びがことごとく中止・延期されてきたなかでの演奏会だ。言葉や文化が違う国の観客に演奏がどう映ったのか、受け入れてもらえたのかという演奏者側の気持ちと、来日してくれたことの感謝、また来てほしいという観客側の気持ちは、本番終了後の拍手や互いの表情が見えるまでわからないもので、特に演奏者側は今はこのような状況下でマスクで観客の顔も見えないし尚更だったのではないだろうか。三曲目「新世界より」の最後の一音が終わった瞬間、答えはわかった。

拍手の渦

指揮者が動きを止めた数秒後、ワッと猛烈な拍手がホールを満たした。「ブラボー」はNGのため静かだが、拍手する側としても驚くほど意志のある大喝采だった。恐らく1年ぶりの海外オーケストラの来日を祝福し、演奏会の完全復活を心から願うように、その場にいた全員が惜しげもなくチェコからきた彼らに拍手を送ったのだ。1880-90年代に初演を迎えたこれらの楽曲は100年以上経った今でも、人々の心を彩り続け、この状況下でも音楽は死なないことを物語っていた。指揮者レオシュ・スワロフスキーさんも涙を堪えていたような、チャーミングな笑顔で振り返り、観客側の気持ちは伝わったようだったし、こちらにも伝わった。アンコールはドヴォルザークのスラブ舞曲15番(大好き)。ハ長調で清々しく幕を閉じ、明るい未来を感じさせた。音楽は国境を越えるとはこのことだ。やはり音楽は素晴しく、尊い。

オペラシティに向かうまでのドーム。晴天だった。

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