【メルボルン便り】1951年から続く歴史あるリモート学習
北海道苫小牧市のNPO法人「樽前artyプラス」メンバーでオーストラリア・メルボルン在住の小河けいが、オーストラリアの日々を綴る「メルボルン便り」。今回はオーストラリアのリモート学習の話題です。
■新聞に載った!!
2020年12月の初め頃、苫小牧民報さん(苫小牧市の地域紙)が、このNOTEに綴っているメルボルンからのレポートを紙面で紹介してくれました。
電話取材の依頼がきて、ビックリだったけど、それよりビックリだったのは、7歳の息子の喜び様。
オーストラリアの新聞も毎日の宅配サービスをやっているようだけれど、定期購読しているわけではないので、新聞は街角の新聞屋さんかスーパーマーケットのレジ横で見かけるもの。市政だよりはポストに届くけど月に1度。つまり、2歳の時からメルボルンに暮らす息子にとって、新聞はぜんっぜん身近ではないハズ。なのに、母親が新聞に載るって飛び跳ねて喜んでいて、その様に驚くとともに、新聞やテレビの価値について、今更ながら考えさせられた。
メルボルンは長く厳しいロックダウンを耐えた甲斐あって、親族や友人たちが集ってのクリスマスや新年のお祝をすることが許された。州境をまたいでの旅行も可能となった。とはいえ、何もかも以前の通りに戻ったわけじゃない。毎年恒例の息子の小学校のクリスマス発表会は保護者向けでオンライン配信に、娘の幼稚園のクリスマス発表会は事前録画したものをUSBにして保護者に配られた。
↓前回のNOTE
そして、クリスマスを目前にして、シドニーのあるニューサウスウェールズ州は再び厳しい規制下に。周辺の各州はニューサウスウェールズ州からの入州を規制した。
ニューサウスウェールズ州はメルボルンのあるヴィクトリア州のお隣。一度はゼロ、あるいは限りなくゼロに近いところまで新規感染者を抑えても、州境を開き、国境を開けば、危機は再びやってくると、予想はできたことだけど、それがハッキリした。
メルボルンだって、いつまたロックダウンになるかもしれない。
小1年生の修了、幼稚園3歳児クラスの修了を教室でクラスメイトと祝って、今は夏休みを謳歌している子どもたちの新学期が、またリモートで始まる可能性だってあるんだ。
■70年前からリモート学習!?
実は、オーストラリアにはリモートで学習する学校が古くからある。ナント!その開設は1951年。
リモート学習といえば、タブレットやスマホ、パソコンを使ってインターネットで…と思うでしょう?1951年当時、もちろんそんなものはない。課題は学校から家庭へ、家庭から学校へ飛行機で届けられ、先生と子どもたちのコミュニケーションには無線が使われた。
その名も「School of the Air」。スクール オブ ジ エアー。空中学校と言ったらいいか、放送学校と言ったらいいか。
それにしても…飛行機!!そう、つまり、それは、広い広いオーストラリアで、最寄りの街まで数百キロ離れているようなところに住む子どもを対象にしたリモート学校。2009年からはコンピューターとインターネットも取り入れられた。
夕方になると、カンガルーやコアラ、ウォンバットが庭先をゴソゴソし、月に一度車で何時間もかけて泊りがけで買い出しに行く…そんな暮らしを想像するのは興味深いけれど、私にとって、さらに興味深いのは70年も前のオーストラリア内陸の人口希薄地帯でも、学校で同じ年頃の子が一緒に学ぶことが重要と考えられ、その実現のために、それだけの手間がかけられたということ。
我が家の子どもたちが、ロックダウン中にリモートで学んでいた時、子どもが共に学ぶことの重要性や効果を強く実感していた、まさにそんな時に、このSchool of the Airの存在を知り、「そうだよな~、やっぱ子どもは、先生やほかの子どもたちと一緒に学んぶことで成長していくもんだよな~」と感心した。
■ちょっとした刺激
子どもは、いつの時代も何からでも学ぶ。大自然からも、働く親の姿からも、本やテレビやゲームからも、兄弟姉妹や祖父母や家庭教師からも。だけど、子どもたちが互いに影響し合うことで得られるものは大人がどう頑張っても与えることができない。
「たとえば?」と聞かれると、ささやかなことから重大なことまで色々あって説明し難いけれど、たとえば…誰かと一緒に学ぶことで「あの子には負けたくないな」とか「あの子にはいい所を見せたいな」とか、ちょっとした競争心や見栄が生まれる。子どもの学びに競争が必要かどうかは賛否あろうけど、このちょっとした刺激が小さな一歩前進を後押しする。そして、このちょっとした刺激は自習では得難い。
少し難しい言葉を習得するときも、大人や辞書より、経験値や語彙力の近い者同士で説明し合う方がすんなり受け入れやすい。Outbackという言葉がある。アウトバックと読む。ウィキペディアでは「オーストラリアの内陸部に広がる砂漠を中心とする広大な人口希薄地帯」と説明されている。これを子どもたちは「ぼく、行ったことある!車で。遠かったなあ」とか「そこでワラビーを見たよ!」とか「土が赤くて、草がちょっとだけ生えてる」とか「ウルル(エアーズロック)があるところ」とか自分の見聞きしたことをそれぞれに出し合って積み重ねて、その言葉が何を意味するのか、自分の中に取り込んでた。これって…辞書よりわかりやすい。それに横で見ている限りでは、知っている子はたくさん言葉を出して説明が上手になるし、あまり知らない子はより多くの言葉を聞くチャンスになっていた。こういうのは、やはり、子ども同士ならではだな、と思う。
■コロナ禍のリモート学習
School of the Airについて知ると、「ああ、だから、その実績もあって、オーストラリアはコロナ禍でもすぐにリモート学習を開始できたし、その内容も、これまでのノウハウを活用してさぞかし充実していたに違いない」と思われるかもしれない。
はっきり言って、それはそうでもない、と思う。確かに、早い段階でリモート学習を開始できたけれど、その内容は混乱を極めていた。これまでの蓄積を生かした有効なやり方を知っていて、それを活用したというようなことはなかったと思う。先生も子どもも親も混乱しながらも、やれるやり方を一緒に見つけ、やりやすいやり方を一緒に作っていった。
正直なところ…「親も」という所を太い赤字にしたい(笑)
リモートでもリモートでなくても、親が我が子や先生、クラスメイトたちとどう関わるか、学びをどうサポートするかは、親それぞれ。だから、『「親も」という所を太い赤字にしたい』は、「それは、あなたはね!」と思われるかもしれない。でも、実際のところ、多くの保護者が賛同してくれると思う。
ダニエルアンドリュース州首相も2回目のロックダウン開始直前、2020年7月12日の会見で「家庭学習への復帰は親にとって“非常に、非常に困難”である」と認めた上で「単に選択肢はなかった」と言っていた。ホームスクールで大変なのは親、って州知事だって知ってる!
↓2回目のロックダウンの頃のNOTE
「たとえば?」と聞かれると、ささやかなことから重大なことまで色々あって、やはり説明し難いけれど、たとえば…
先生から送られたメールで翌日の時間割を確認し、添付のワークシートをプリント、必要な教材…算数ではメジャーとか、図工では粘土を自家製するために小麦粉と塩と「クリームタータ」(図工の先生から連絡を受けた時、なんじゃそりゃ?どこで手に入るんだ???と悩んだ。酒石酸水素カリウム。お菓子作りの材料として売っている。)とかを買い揃え、一日の授業を横でサポートした後は提出物を写メかスキャンして先生にメールする、といったことが日々のルーチン。
今思い出すと笑える。ロックダウン下でスーパーから物が消え、オンラインショップも入荷待ち状態が続いて、ノートやプリンタインクを買うのもハードルが高かった時で、小麦粉を手に入れるのに数件のスーパーマーケットを巡ったりして、「洗濯する時間もない!」と夫に愚痴ってた。
“非常に、非常に困難な”リモート学習ではあったのだけれど、得たものがたくさんある。我が子の学ぶ様子や教室での立ち位置(笑)というか人間関係を目の当たりにできたことも、一緒に長い時間を過ごせたことも、もちろんだけど…実を言うと…ここで紹介したSchool of the Airを知ったのも、息子のオンライン授業。長文を読んで、後に続く問題に答える読解の時間の題材だったから。
■先生も大変
毎日、オンライン授業中の息子の横にいてサポートしていた私は、横で一緒に毎日授業を受けていたようなもの。と、いえば、穏やかな感じだけれど、逆から見れば、毎日一日中、仕事ぶりを親に見張られているように感じて辛かった先生もいたかもしれない。教室では自信を持っていたノウハウでも、オンラインであることや、親の目線があることで上手くいかないという場合もあったかもしれない。
おそらくインターネット環境や機材の都合からなんだと思うけど、息子の担任の先生は寝室兼書斎から授業を配信していた。先生の背後に常に写っているベッドが、いつでもホテルかモデルルームみたいにシワ一つなくキレイに整えられているのを見るたびに、「自宅を常にみんなに見られて大変だな…あそこまでキレイにしているのは、もしかしたら寝室からの配信に不快を示した親がいたのかもな…」などと想像して気の毒に感じつつ、ふと、我に返って見ると我が子らの背景はカオスと言っていいほど散らかったウチのリビングルーム。子どもらが、ずっと家にいたロックダウン中、我が家は片付いている間が全然なかった。とほほ…
(注)School of the Airの開設年などは、息子がオンライン授業で使用したオーストラリアの中低学年用読解教材を参考にアリススプリングス校について紹介しました。観光客が訪問することもできるそうです。オーストラリアでは15以上のSchool of the Airが運営されています。人口がとても少ないので今でもインターネット環境が不安定な地域もあり、そういった場合には電話も授業に活用されているようです。
おわり
苫小牧市美術博物館の広報紙『びとこま』で『メルボルンるんだより』を書いています。『びとこま』は子ども記者たちが中心になって作っていて、子どもにも大人にも楽しめる記事が盛りだくさんです。夫の転勤でメルボルンで生活するようになって4年、異国で暮らすと驚くこと知らないことばかり。日常のささやかな発見や驚きを紹介しながら、読んだ人がふだん当たり前と思ってることに「あれ?この当たり前は本当に当たり前かな?」と「?」をもつような「メルボルンるんだより」にしたいと思っています。
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