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吸音


呼吸の仕方が曖昧になる。ときどき、吸って吐くという循環の法則がわからなくなってしまう。吐いて吐いて吐く日が続いたせいか、吸うことがうやむやになっていたのかもしれない。それでも生きていたのは、吸わなくても生きてはいけるからだった。生きているというよりかは、死ななかっただけのようにも感じる。相変わらず吐いて吐いて吐きまくりつつ、吸い方のリハビリをした日々を少し綴っていく。







駆け込みインターン


みんなが時速20キロで走っているなら私は時速5キロで歩いている就職活動。まともにESを書くことも添削をしてもらうこともなく、インターンに応募しては落ちるを何回繰り返したかはまだ数えられる程度だった。もうこのままインターンに行くことなく夏休みが終わっていく現実を、受け止める覚悟を固める準備に入っていった。かと思えば、そんな覚悟を持つ器すらない私は駆け込みで先着で行われるインターンに応募していた。



ずっと不安と靄が心にかかっていた感覚がようやく晴れてきた気持ちになったことだけは、本当によかった。インターン前日は本当に行きたくなかったしスーツ着たくないし面倒くさいし緊張するしでいっぱいだった。こういうときは大抵、行ってみたら存外楽しいものだと知っているはずなのに。実際、グループワークで関わった人たちがすごく話しやすくて、ワーク自体も興味がある内容だったから「あんたほんまに私か?」と言いたくなるほど発言していた。「社会に出れば、人見知りは甘えだ」という言葉が私の頭を反芻する。



この一日で少しは早く歩けるようになっただろうか。走るまでは行かなくともジョギングぐらいになっていて欲しい。そう願いながら寝た翌日の昼、応募していた選考ありインターンの通過メールが届いていた。リレー選手に選抜された中学二年生の頃を思い出した。



喧騒喫茶


無機質カフェ、おしゃれな雑貨が置いていあるカフェ、新築の木の香りがするカフェ。SNS用に必死に写真を撮って、冷めた飲み物とぬるいケーキを食べるという代償を払うことを私はしない。ラミネートされているメニューが黄ばんでいたり、常連さんがいたり、接客の質なんて糞食らえ精神の店員さんがいたりする喫茶店の方が好きだ。エモさ故の嗜好じゃなくて、店が生きていることを直に受け止めることができることと、写真を撮ることじゃなくてその場に滞在することが目的とされている感じが好きなのだ。(伝わっているか…)



ただ私は喫煙者ではないからタバコの臭いはかなり応えるものがある。長居はできない。けれど、禁煙の喫茶店も探せばあるもので、時間を潰すために入った喫茶店がとてもよかった。街中に佇んでいるものだから平日でも席はほぼ満席で、BGMも聞こえなくなるくらい静かとは言えなかった。コーヒーとケーキセットを注文して、持っていた小説を読むことにした。本を読むときに音があると集中できるか否かは人によると思うけれど、私はどちらでもいいタイプ。喧騒とも言える周りの音によって、小説の世界と現実の世界の境界線が確実に断絶されていた。あっちとこっちは確実に違う世界だと明確に認識することができた分、一気に小説にのめり込むことができた。



右隣の席で音楽関係の仕事をしているであろう男性二人が、ライブのコンセプトや日程について打ち合わせをしていた。目の前の席ではカップルなのか両片思いなのか関係性不明の男女が楽しそうにお話をしていた。左隣の席では女性が一人でオタ活であろうグッズをショートケーキと一緒に写真を撮っていた。私が数十ページ読み終わる頃までずっと撮り続けていた。納得いく写真は撮れたのだろうか。喧騒喫茶で人間観察もまた一興。



煌々とバンドマン


バスドラムが心臓を直に震わす。ギターの流れるようなサウンドが耳に心地いい。緩急で虜にするベース。真っ先に飛び込んでくるボーカルの声。私は音楽が好き、バンドの曲しか聴かないと言っても過言ではない。先日、新宿にサイダーガールというバンドのライブに行ってきた。約二年ぶりの彼らのライブに参戦、今回が二回目。吐いて吐いて吐く日が続く中、ここで一気に吸うことができる。周りにバンド好きがいないから私は基本いつも一人でライブハウスへと向かう。



毎回私の心を浮つかせるのは整理番号で、ライブに行ったからにはステージに近いところで音楽を楽しみたい。前回はかなり番号が後ろの方だったけれど今回は前列に行くことができた。ステージがスタンドよりも高い作りのライブハウスに感謝を捧げる。これはバンドマンの姿がはっきりと見えてしまうぞ!憂鬱な日々を切り取った歌詞にポップなリズムと爽快感を混ぜ合わせた音楽が、箱の中で轟く。私たちはそれに合わせて拳を上げて体を揺らす。ときには一緒に歌ってかけ声を投げつける。少し汗ばんで芯からあったまった体を、ライブハウスを出てから夏の夜風で冷ます。



「これだよこれこれ」と思いながら余韻に浸りながら歩く歌舞伎町は不思議と全く怖くなかった(歌舞伎町、私は苦手)。ライブに行くたび、周りの目を気にすることなく好きな音楽を聴いて好きなようにノって、”一人じゃない”と思わせてくれる。ステージに立つ煌々としたバンドマンの姿、辺りを見渡せば煌々とした目でステージを見る観客の姿、スピーカーから流れる爆音とともに呼吸の音が聞こえてくる。






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