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文系大学院生の雑読日記Ⅱ

「人文学を研究するとは、自分の言葉をつくること」と、ある講義で先生が言っていました。そこで僕も哲学を勉強している者として、自分の言葉を探求する者として、その第一歩でもある本を読むことをしているつもりです。でも、本の内容や読んだ本のことを忘れていまいます。だから、最近読んだ本をここに残していこうと思った次第です。専門は哲学・倫理学ではあるんですが、雑読の通り、いろんなジャンルを読んでしまっています。

また少しだけ読んだ本が溜まったので、忘れないように書き留めていこうと思います。

僕はごちゃごちゃ考えてしまう人なので、寝る前に思考を集中させるために本を読むことにしています。そのため、ちょっとずつ読んだ本が溜まっていってしまうのです。まぁ、ごりごりの分厚い思想書を読んでいないだけでもありますが…

ユクスキュル、クリサート『生物から見た世界』

ユクスキュルの「環世界(Umwelt)」という概念は、後の哲学史に大きな影響を与えました。シェーラーを初めとする哲学的人間学一派やカッシーラー、ハイデガーなどが挙げられるでしょう。そんな環世界とはどのようなものなのかということが本書で示されています。

動物によって感覚器官や作用する器官は異なります。例えば、複眼を持つ生物が見ている世界は人間が見ている世界と違うはずです。また、人間は二本の手によってものをつくることができますが、そんな手を持たない生物は違う方法で世界に介入するでしょう。それゆえに同じ地球に生きている生物であっても、同じものを同じように見て、同じように作用することはできません。このそれぞれの生物が生きている世界が環世界となります。

動物主体は最も単純なものも最も複雑なものもすべて、それぞれの環世界に同じように完全にはめこまれている。単純な動物には単純な環世界が、複雑な動物にはそれに見合った豊かな構造の環世界が対応しているのである。(序章より)

以上の法則をユクスキュルは環世界説の第一の基本法則として挙げています。つまり、感覚器官が多いほど鮮やかに世界は見えているだろうし、作用するための器官が多いほど世界で多彩な活動をできるだろうということです。こういった思想を踏まえ、人間は他の生物よりも豊かな環世界を持つと考えられています。

生物的にこのように考えることができる人間が、どのように世界を変革し、文明を発展させてきたのかが本書の後の思想史のトピックとなりました。

思想史に大きな影響を与えた本書であり、ユクスキュル以後の思想史に名を連ねる思想家を勉強する人には必読書とも言える名著だと思います。

山口尚『日本哲学の最前線』

本書で取り扱われているのは、現代も現代の日本哲学、いわゆる「J哲学」というものです。(Jポップのように日本特有のものと考えられます)そんなJ哲学は別々の文脈で語られること、論じられることが多いです。そんなJ哲学の中に、著者は不自由というキーワードを見い出します。2010年代のJ哲学は自由のための不自由論と、著者は捉えています。

本書では、6人の研究者が例として挙げられています。専門が哲学、特に大陸系の僕としては、國分功一郎や千葉雅也、古田徹也はなじみ深い方々で、それぞれのセミナーなどを観たことがありました。他の三人の方々は初めましてではあったのですが、本書ではそれぞれの基本思想が簡潔に説明されており、研究者たちの問題意識を共有することができたと思います。

思想史的には、2010年代の日本の哲学は「不自由への眼差し」で特徴づけられる。この成果が2020年代でどう継承されるかは、今後10年の動き次第である。(おわりにより)

本書のおわりにで著者は今後のJ哲学の動きは予見できるものではないと語っています。ただ、本書では2010年代の哲学が自由のための不自由論であることだけは示されています。ここに本書の価値があるでしょう。今後のJ哲学がどうなるか分からないし、どんな思想が現れるか、どんな人物がJ哲学を発展させていくかもまったく分かりません。そんな中で、2020年代以降のJ哲学の発展との関連でこの本は新しい評価を得るかもしれません。

日本の哲学で今何がなされているのか、今の日本哲学らしさのようなものなどを知りたい人は、呼んでみた方がいい良書だと思います。6人の研究者のトピックが散りばめられているので、普段あまり新書を読まない僕もすごく興味深く読ませて頂きました。

小川洋子『密やかな結晶』

この小説は、小川洋子さんの小説で、刊行から20年以上経っていますが、新たに新装版として2020年に再刊行されています。

物語はある島で進行します。その島の中の人は、次々と心の中のものを失っていきます。失ったものは感じることも思い出すこともできなくなります。そんな中、もし失うべきもの、あるいはその記憶を持っている人は記憶狩りによって、強制連行されてしまいます。そんな島の中で、物書きである主人公の「私」の生活が鮮やかな表現で描かれています。

彼はいつまでも両手の中の空洞を見つめていた。そこにはもう、何も残っていないのだということを、十分すぎるくらいの時間をかけて自分に言い聞かせてから、彼は力なく腕を下ろした。それから一段ずつゆっくりと梯子を上り、扉を外し、外の世界へ出ていった。一瞬光が差し込み、すぐにまたそれはさえぎられ、扉がきしみながらふさがった。と同時に、絨毯をかぶせるわずかな気配が伝わってきた。
閉じられた隠し部屋の中で、わたしは消えていった。(439頁)

記憶は僕たちを創り上げていき、新しい記憶を得て、古い記憶は忘れ去られていく。そんな記憶が強制的に次々と奪われていく物語の中で、人々は自身を失う虚しさになれてしまう。

僕たちが生きている中でも、個人としては忘れていくものはたくさんあったと思います。でも、失われた記憶を獲得したそのときそのときは、かけがえのないものであったはずです。そのかけがえのないものが自分をつくっていくのかもしれません。

そんな自分を構成しているかけがえのなさがどれほど大切なものなのかを思い出させてくれる小説だと思います。

あさのますみ『逝ってしまった君へ』

声優として活動している浅野真澄さんがあさのますみ名義で書かれたのが本書です。

友人であり、元恋人でもある大切な人が自殺してしまったという一報を受けたあさのさんが、死を知った後の友人との会話や葬式、遺品整理などの現実と、それらを通してあさのさんが感じたことが鮮やかなタッチで描かれています。

自分の中だけでいい、そういうことにして、私は今から手紙を書き始める。(はじめにより)

本書はあさのさんから自ら逝ってしまった友人への手紙です。まさか自殺するとは思っていなかった大切な人が、自身が知らないところで傷つき、苦しみ、もがいていた。その結果自分でその生活を終わらせることを決断していた。こういったことに直面したときのあさのさんの気持ちは、おそらくとても複雑で、僕なんかには分からないと思う。だからこそあさのさんは手紙を書かねばならなく、出版しなくてはならなかったのかもしれない。逝ってしまったあの人が生きていた証として、自身の感情の整理として、新しい一歩を踏み出すために。

と、いろいろ書いてしまったが、ここで語ることは野暮というものでしょう。実際にあさのさんの手紙を読んでみて、感じたこと一つ一つに言葉を当てることはとても難しいことで、得策ではないと思います。自身で読んで感じたことを心に留めていくことが大切な気がします。ぜひ読んでみていていただきたいです。

古谷敏・やくみつる・佐々木徹『完全解説 ウルトラマン不滅の10大決戦』

本書は子どものころにウルトラマンを観ていたというやくみつるが、ウルトラマンの戦闘シーンのベスト10を決め、そのことについて格闘技に詳しいライターの佐々木氏とウルトラマンのスーツアクターであった古谷氏を交え、語っていくという対話方式で進んでいきます。

『ウルトラマン』(1966)について書かれた文献はたくさん存在します。子ども向けの怪獣図鑑みたいなものから当時の監督が書いた著作などなど。またウルトラマンシリーズは世代世代によって形を変え、支持されてきました。(僕はガイアとかコスモスの世代です)

そんな『ウルトラマン』の文献の中で、ありそうでなかったバトルについて深堀していくのが本書の特徴です。

必殺技のスペシウム光線が最多の決まりてとなっていることは論を俟ちませんが、その他にも多種多様な技をウルトラマンは毎回繰り出している。(はじめにのやくみつるの発言より抜粋)

「ウルトラマンの技といえばスペシウム光線」という固定観念がある人も多いでしょう。かくゆう僕も手を十字にしてスペシウム光線のまねをしてきました。そして「どうせスペシウム光線で倒すなら、格闘シーンいらないじゃん」と思った人も多いと思います。

しかし、そんなド派手で、有名なスペシウム光線の陰に隠れている、興味深い格闘シーンを軽視することはよくないでしょう。格闘シーン一つ一つにスーツアクターの工夫や苦労が隠れていることが分かります。

今後『シン・ウルトラマン』の公開もあり、ウルトラワールドは続いていきます。そんなウルトラワールドの新たな見方をまた一つ学ぶことができる良書となっています。

まだだ、まだ終わらんよ

本を書くということはすごいことで、それぞれに対して、誠実に向き合うべきだと思う反面、たくさん書きすぎても野暮だなと思い、中途半端なメモみたいな文章を書き連ね、結局長くなってしまいました。

困ったことに雑読しすぎると、自身の本業がおざなりになってしまう可能性があります。でも、それぞれの本で受け取ったことは多分自分の中に積み重なっていき、何かに役に立つのかもしれません。(特撮とかアニメとかが積み重なって、中二病的なフレーズを使ってしまうのかも…)

次は何読もうかな。

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