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【駄文】猫を飼いたい姉の話5(後編)

 福島県動物愛護センター相双支所で、係員から一通りの説明を受けた後、マッチングを受ける部屋に案内されました。
(ここは、ただの倉庫じゃないですか)
 という言葉を飲み込みました。少ないですが、ロッカーや機械などの雑多なモノが見てとれます。そして、使い古した事務机の上に綺麗とは言えない毛布がかけられた塊があります。係員が毛布をめくると下には小さなケージがありました。ケージと言っても、大きなボストンバックというか、ミニミニテントという感じです。目算では、横80cm×奥行50cm×高さ50cm程度の大きさしかありません。

 その中に、よく似たキジトラが2匹。ウエブに掲載されていたのは11月末の写真でしたので、少しは大きくなっているかと考えていましたが、小柄で痩せています。2匹は見知らぬオッサンを警戒して「シャーッ」をすることもなく、おとなしくしています。赤い首輪の1匹はこちらを見ていますが、白い首輪の1匹は素知らぬ顔で眠っています。
「抱っこしてみますか。むぎを希望でしたね」
(いや、無理に抱っこしなくても良いです。穏やかに過ごさせてください)
という言葉を飲み込み、白い首輪の猫を受け取りました。すると
「間違えました、そっちはピースケでした。こっちがむぎです」
係員は悪びれもせず、小さな命を入れ替えます。2匹とも抱かれることも離されることも嫌がることなく、おとなしくしています。素直な良い子たちのようです。
「職員が出入りして、様子を見にきたりしているので、人馴れしているのですよ。大人しいので飼う時に、苦労は少ないと思いますよ」
「似ていますが、兄弟ですか」
「兄弟では無いと思いますが、保護された時期がほぼ一緒で、それから2匹でずっと一緒に過ごしています。喧嘩することもないので、相性が良かったようですね」
 そう言うと、ピースケを床に放して自由に遊ばせだしました。ピースケは私の足元で、身元確認をするように、フンフン匂いを嗅いでいます。むぎを返すと係員はむぎも床に放しました。むぎは靴にフミフミを始めました。まだ、母猫が恋しいのかもしれません。

 話しをしているうちに、子猫達は部屋の中を動き出しましたが、激しい動きではなく、我が家でリラックスしている風情です。
(倉庫みたいな部屋、小さなケージでも、ご飯があり、仲間がいて、少しの自由があるのは悪くない生活なのかしら)
 果たして、我が家に来るのが良いことなのでしょうか。しかし、ここはずっと暮らせる場所では無いし、暮らすべき場所ではないとも思います。
「引き取り手が無い場合は、どのくらいの期間、ここに居られるのですか」
「県の方針では、概ね3ケ月とされています」
 少し他人行儀な言い方から(ここの職員は3ケ月を過ぎても、命を護るために足掻くのかもしれない)と、願望も込めて理解しました。

 係員が猫をケージに戻し、部屋の外に出るよう促されました。最初に説明を受けていた席に戻ります。ちなみに、席といっても、廊下に小さな机と椅子があるだけのオープンスペースになります。猫は倉庫で人は廊下ということに、古くて狭い庁舎で苦労していることが想像されます。
「マッチングの結果も問題無いようですので、よろしければ正式な譲渡申込み書の記入をお願いします。収入面とか、ちょっと失礼に感じる質問もあると思いますが、ご理解とご協力をお願いします。まぁ、私が今決定するものではありませんが、ご自宅の環境等は問題無いと思いますので、できれば譲受に向けて準備をしていただき、早めに来所していただければと思います。
 ただ、むぎはずっとピースケと一緒に暮らしてきましたので、離れ離れになると、暫くの間は落ち着かなくなる可能性があります。泣いたり、ご飯を食べなくなったり。また、遊んで欲しくて、人を噛んだりということも予想されますが、受け入れて貰えればと思います。2匹一緒だとそういう心配は無いのですが。
 もちろん、いずれ新しい環境に慣れると思いますので、むぎを受け入れていただければ有難いです。変なお話をしてすいません」
 書類の説明に合わせ助言をしてくれます。猫が好きなのでしょう。

 さて、既に姉の意向は確認済でしたので、係員に尋ねました。
「本局では一匹しか譲渡申込みできないと説明を受けましたが、相双支所では2匹一緒に譲渡申込みをすることは可能でしょうか」
 係員の表情が輝きだしました。
「もちろん大丈夫です。書類をもう一枚書いていただく必要がありますが」
「もちろん大丈夫です。キャリーケースが1個しかないので、借りることができれば助かります」
 倉庫にいるときから、声なき声が心でリフレインしていました。
(猫たちの幸せを考えた場合、1匹だけを引き取ることで良いと考えていますか。2匹飼うくらいの覚悟もなく、今日マッチングに来たのですか

 1匹だけ譲受けした場合、泣いたり、ご飯を食べなくなったり、人を噛んだりということも懸念されますが、残る1匹の処遇を考えると、何もしなかったことを後悔しそうな自分がいました。また、浅薄な知識ですが不在がちな家庭の場合は、2匹飼いの方が猫のストレスが低いという話を聞いたことがあります。猫のためには一緒に引き取ることが良いと思われます。
「譲渡時の費用はもとより、餌代や病院代などの経費が2倍になりますが大丈夫ですか」
(もちろん大丈夫ですとは言えず)黙ってうなずきながら震える手で書類を2枚提出した後、動物愛護センター相双支所を後にしました。

 そして、本日、我が家に猫が2匹譲渡されるとの連絡がありました。
 応援していただいた皆様、ありがとうございました。猫グッズは準備しました。ある物語の一節が心に響きます。

 空は青く澄み渡り、天は二人に微笑むような柔らかな光を振り注ぐ。
 新しい職場も、新しい土地も、何も恐くない。私たちはもう一人じゃない。
(恋する旅人から引用)

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12月10日 朝追記
 こうして振り返ると、係員が最初に猫を間違えて私に抱かせたのは、2匹の猫に興味を抱かせる確信的な作戦だったのかもしれません。
 係員の作戦勝ち、また、私の負け戦だったかもしれません。
 しかし、価値あるウイナーメーカーであると信じて生きていきます。
 

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