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ミラクルミッション #1ライトスタッフ

 2011(平成23)年3月の東日本大震災から3年余りを経過した4月下旬。

 東北の中核都市である某市役所の5階では、秋に行われるマラソン大会のための、S商事に対するスポンサー交渉の結果について、文化部次長が部長に報告を行っていた。

「スポンサーの話は検討していただけるとのことです。ただ、S商事から
『市役所の担当職員に市の現状を聞き、今後、S商事が企画する復興支援事業について相談したいことがある』
という話をされまして、近々、当市役所を訪問したいとでした。いかがいたしますか」

部長は、少し面倒くさそうに答えた。
「(俺に聞くまでもなく)受けるしかないだろう。誰かに指示して段取りさせろ」
「窓口は、このままスポーツ課にしますか」
「スポーツ課じゃ駄目だろう……。担当レベルでという話なら、とりあえず、シティプロモーション課の筆者係長でどうだ。現状を幅広く聞きたいというなら、本市全体に詳しい筆者君が適任だろう、筆者君を呼べ」
という、深く考えない采配から、このミッションはスタートした。

 部次長は、あらためて筆者に概要を説明し、
「まっ、頼むわ。課長には俺から伝えておくし、S商事にも、筆者君を窓口にする旨を電話しておくから。市長指示から始まったS商事との話だし、大会広告料500万がかかっているから、何としても頼むよ。筆者君はS商事が好きだし、適任だな」
と結んだ。
「わかりました」
(いやいや、話はわかりましたし、確かにS商事は大好きですよ。そんな超一流企業、入社試験を受ける気にもなりませんでしたけど。
 それにしても、天下のS商事。担当レベルとは言え、こんな田舎の役所に来るような方々じゃないと思いませんか。田舎の市役所なんて、コネが無ければアポを取ることすら難しい話、普通は受付電話で玄関払いですよ。
 その窓口を筆者みたいな木っ端係長にやらせて大丈夫ですか。何か事業を検討するということであれば、会社の規模から言えば、500万どころの話じゃないかもです。
 うちの課長は、民間事業者との協同を嫌がるから、打ち合わせに入れないほうが無難です。課長抜きで進めさせてください。
 また、どんな話になるかわかりませんけれど、最初から関係課を巻き込まないと、後になって「うちは聞いてない」「シティプロモーション課でやればいい」とかの話になりますので、手順を正しくいかないと。筆者も暇ではないのですが、面白そうな話ですから、はい、喜んでやらせていただきます)
と、いうことを刹那のうちに考えつつ、回答としては、こう続けた。
「万全の受け入れ体制で対応させていただきます。関係課にも声を掛けて、現場に近い係長、担当者レベルで話をする形で良いでしょうか」
部長はこともなく
「そんな感じで良いだろう、細かいところはまかせる」
 筆者の不安とは裏腹に、部長はS商事について、あまり興味関心は抱いてないように見えた。今年度で定年退職を予定しているせいだろうか。それとも、初動が市長指示で始まったせいだろうか(部長は政治的には前市長派であり、今年4月に降格的な異動で文化部に着任していた経過がある)

 いや、そんなことは無い。仕事に対して真剣に取り組む部長のこと、一緒に仕事をしてまだ3週間程度ではあるが、筆者のことを「正しい資質を持つ者(ライトスタッフ)」として、信頼してくれているに違いない。
 決して失敗しても良いなどと、軽く(ライトに)考えているはずがない。
そんなことを思いながら、部長室を辞した。

 なお、我が市役所の文化部は、文化課、スポーツ課、シティプロモーション課の3課から構成されている。市長が組織を弄り回した結果、持て余された組織の寄せ集めである。とりわけ、シティプロモーション課は名前のとおり、役所内でも
「何をしているかわからない課」
と称されることが多い組織である。

 そんな職場に追いやられ4年目を迎えたこともあり、筆者は時折、古いアニメのエンディング曲を心の中で歌いながら仕事をしている。
「俺は宇宙の何でも屋 ○ケオゼネラルカンパニー 俺は木っ端の係長 (中略) 辛ぇなぁ、辛ぇよなぁ、木っ端は辛ぇよなぁ」

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