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【随想】結婚式の浜ちゃん

地方のさほど大きくはない会社ではあったが、宣伝部というのがあって、当時「ボク」らはそこで企画やらデザインやらを毎日考えていた。
デザイナーやコピーライター、プランナーと言われる人種が来る日も来る日もケンケンガクガクにぎやかに企画や広告、販促案についてやりあう。
そういった専門の社員に混じって一般職から、あまりこの世界に馴染みのないタイプも人事異動の季節になると転属してくることがある。

それが通称そして仮名の「浜ちゃん」だった。

なにしろこの分野は初めてで昨日まで総務部にいた人間である。チーフデザイナーの「ぐっさん」に次第に睨まれだしたのだった。やることなすことダメ出しの連続で「向いてないよ」という言葉がよく聞こえてきた。「使えないよ」今でいうとこんな表現だろうか。そんな空気は部内ではすぐに広まってしまう。これといって深刻なるようなコトはなかったけれど、未経験だからと大目にみていた連中が次第によそよそしくなっていくのははっきりと見てとれたし、こんな場合、いい提案をしても説得力が大幅に低下するから本人もつらい。坂道を重い荷物を背負って登るような苦労と息苦しさがある。共同で作業する機会が少なかった「ボク」はそんな気配の中でハラハラしつつ経過を見ていただけだけれど「浜ちゃん」と仕事をしてみてチーフの見立てもわかる気がしたことは確かで、おそらくはこの分野には向いていない、もしくはモノになるには時間がかかるだろうなというのが正直なところだった。

だがしかし。

そのちょっとした仕事の中で「別の才能があるのでは」と思ったことがあった。仕事に関係のないギャグやら私的な会話だけはなにかしら「面白い」というのか「センス」があるような・・・。もとが生真面目なタイプだから苦し紛れにしぼりだしたギャグやら言葉が「立つ」ような・・・。

そんなことも忘れそうなくらい忙しい日々が数ヶ月過ぎたころ、部内では少しインパクトのあるニュースが飛び込んできた。

「チーフが結婚するらしい」

何でも聞くところによると、そんなに盛大ではないけど、職場を大切にするチーフの「ぐっさん」らしく、「ボク」らはもちろん「浜ちゃん」も式に呼ばれるようだった。そして、歌やあいさつも当然のようにしなくてはいけないから時々、仕事が終わりチーフが退社していたら同僚たちと話題は結婚式のことになった。
「僕に考えがあるんです」
と、「浜ちゃん」は言った。
それは、彼が考えた小さなインタビュー形式の「バラエティショー」だった。

当日まではあっという間で、「ボク」と同僚たちは少しだけの準備をしていた。今となっては記憶は断片的だけど印象的なシーンをつなぎ合わせるとこうだ。

司会者に促され、準備がある「浜ちゃん」以外「ボク」ら数人は“まとめて”登壇した。短めの挨拶を代表がして、若干場内の光が落ちる。ほんの少し間をおいてアニメソング「ガッチャマンのテーマ」をマイク片手に熱唱しつつ、牧師スタイルの「浜ちゃん」がスポットライトを浴びて登場してきたのだった。
ゆけ、ゆけゆけゆけ!グッサンマン♪とか・・・。

まるでタレントの梅垣義明がイヨマンテの夜などを歌ってるような風格である・・・(古いけど)。鼻から豆は飛ばさないもののそんな光景を連想した人も多かったのではなかったか。
次第に新郎新婦に距離をつめていき、「外国人が話す流暢な日本語」で挨拶し、ちょっといかがわしい質問をしていくのだった。
「コヨイハ、ワターシガ、オクサマヲ、エスコートイタシマショウ」なんてやりながら。低音が効いてなめらかで“只者ではないな感”は半端ではなかった。会場はその一挙手一投足で爆笑する。
「ぐっさんチーフ」は笑いつつ、こらえつつ、汗を拭っている。でも顔がこう言っている。
「浜ちゃん、やるな・・・」

普段の仕返しか?
そんな目配せをして「ボク」と同僚たちは笑い合った。最後にデザインチームが作成したアイテムをかたわらの袋から取り出してプレゼントする。巨大な鍵をかたどったポップは「秘密の鍵」。互いの心を読み解く秘密の鍵だそうだ。
「オクサマハ〜、ゴシュジンヲー〜、アレガ〜ナニデスカラ〜、コノカギデ〜」


まあこんな場では何をやっても受けるけれど、絶妙なポイントで、引き返し収める。行き過ぎず、攻め込む。見事といえる人心掌握。
なんだか才能あるなあ、こいつ・・・。

他の出席者の楽しい演目も含め、披露宴は、またたく間に終わった。


人は一面を見せているだけだ。上辺だけで判断をしてはいけない。みんなそう思ったことだろう。これは大いに「ボク」の教訓にもなった。

・ それぞれ力を発揮できる分野がある。
・ 転機はどこにあるかわからない。
・ 得意な面を伸ばせばすべての歯車が噛み合ってくる。

以降、周囲からの見る目が少し変わった「浜ちゃん」は仕事では相変わらず滑りそうな提案でもなんとなくスムーズに却下されていたように思うし、心なしか円滑に業務が回っていくようになった。
後日、「ボク」は気になって総務の人に「浜ちゃんは総務でもエンタティナーだった?」と聞いてみたところ「え、知らないなあ、そんな面があるの」なんて言っていた。その時「ボク」は彼を選んだ人事部にさりげなく聞いてみたくなった。

さらに余談として、「浜ちゃん」は現在、実家の雑貨店をおしゃれな店にして引き継ぎ、商売繁盛で二店めを出している。きっと接客や経営も絶妙のエンタ感覚でうまく守り、攻めているのだろうな。

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