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#3 オオセミタケ

初めて見つけた冬虫夏草カメムシタケに出会い、一冬越しタンポタケに出会った春。
僕はどんどん冬虫夏草の魅力に引き込まれていき、新しい冬虫夏草を見つけたいと思うようになっていた。図鑑をペラペラとめくる毎日。中でもセミを宿主とする冬虫夏草は僕の心をはやし立てた。宿主が「セミ」、つまり、掘り出したらセミが出てくるわけだから何ともカッコイイではないか。虫取り網を片手に公園を走り回り捕まえていたセミ、幼虫ではあるが掘り出したらあいつが地中から出てくるのだ。当時少年であった僕の心をくすぐるのは当然だった。

そんなわけで、セミ生の冬虫夏草をめがけてタンポの沢に見つけに行った。奥に進んで行くと数週間前まで歩いていても見つけることができたタンポタケの姿はもうない。見つけたと思ったら丸い頭を横に寝かし、白くカビたものだ。基本、冬虫夏草の命は短い。

葉の緑も一層濃くなっている。太陽の日差しもまぶしい。長袖で沢を進んで行くうちにじんわりと汗が出る。山も少しずつ夏色に変わっていっているのだろう。

にしても相変わらず父の歩くスピードは速い。追いついて歩くのだけで僕は精一杯だ。そのくせ珍しい冬虫夏草を見つけていつも僕と母を驚かしてくる。母はかすかに声が聞こえるくらい離れてゆっくり探索している。僕と父が見落とした冬虫夏草をいつも発見してくれる。そう考えると僕たち探索スタイルはバランスがとれているのかもしれない。

山に入り随分長い時間が経った。ペットボトルの水の量が減っていく。僕の集中力も自然と徐々に欠けていく。中々冬虫夏草は目に入ってこず、普通のきのこですらない。沢の行き止まりに差し掛かり、諦めかけていたその時、茶色い小さな頭が目に入った。

「冬虫夏草!!発見ッ!!!!」

思わず大声が出てしまったが間違いなくこいつは冬虫夏草。一瞬パニックになってしまったがすぐにこの冬虫夏草はオオセミタケであるという考えに至った。僕の頭の中のおぼろげな図鑑の写真と比べると小さいサイズではあったが、その土地で異なるのだろうとも瞬時に察した。

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父も母もかけつけ、こいつがセミ生冬虫夏草第一号であるということを伝えると僕と同じように喜んでくれた。

ここからが勝負だ!

オオセミタケは基本宿主までの長さは短い方だが、カメムシタケやタンポタケのように葉をめくり返したり、スコップで一堀すれば宿主が現れてくれるわけではない。僕にとって初めての掘り取り作業だ。

戦いのゴングが鳴った。念願の一本とあって手が震える。持っていたのはピンセットとハサミと少ない道具たち。少々頼りない彼らを上手に使いながら図鑑通りに周りから攻めていく。途中で宿主ときのこの部分を切ってしまうことを専門用語でギロチンと呼ぶのだがあえて周りから掘っていくのにはこのギロチンのリスクを極力少なくするため。ハサミで木の根っこを切っていく。母も父も固唾を飲んで見守ってくれている。「集中だ!」と自分に言い聞かせる。

なにか柔らかい感触。羽だ。セミの幼虫の羽だ!

宿主が見えたらこっちの勝ちだ。あとはゆっくり、そっと取り出すだけ…

「成功!」

残念ながら片足は折れてしまっていたが初めての掘り取りにしては上出来でないのか。そして何よりカッコイイ。これぞ冬虫夏草って感じがする。

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オオセミタケの宿主はアブラゼミ、ミンミンゼミ、ヒグラシなど各種セミの幼虫だ。結実部は赤褐色で大きく、発見するのは比較的容易だ。広島県での発生は三月初旬から五月中旬にかけて見られる。

新しく発見できたのはオオセミタケだけだったが僕にとっては大きな一歩のように感じた。思った以上に掘り取りに集中力を使っていたようで疲れがどっとくる。しかし、まだやることがある。クリーニングという作業だ。そう、クリーニングをして乾燥させるまでが冬虫夏草探索。筆を片手に緻密な作業が始まる。背の低い容器に水をはり、関節と関節の間の泥をも落とすほどの集中力で筆を使い磨いていく。クリーニングと言う作業をすることでさらに冬虫夏草の美しさが引き立つのだ。

そろそろ夏が来る。さあ、次はどんな冬虫夏草に会えるのか楽しみだ。            




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