小じさん第9話「かたのり小じさん(前編)」

「ちょ! なにこれ。マジうま」

 感激の叫びを上げ、フォークを口に加えたまま丸々とした目をこちらにむけているのは、私の高校時代からの親友、みっちょんだ。こんな間抜けな表情をしても映えてしまうみっちょんの端正な顔立ちには、ちょっと嫉妬する。
 私たちは、近所に最近出店したばかりのパンケーキ屋さんに来ていた。美味しいと噂されていて、出店当初は連日長蛇の列ができていたが、ひととおりお客さんも一巡したのか、今では少し並べば入れる程度には落ち着いている。
 まあ、ここは都会から少し外れた街で、都会ほど人は多くない。こういう話題も落ち着くのは早い。
 時期を見て行ってみようよと以前からみっちょんと話していて、この度、めでたく入店となったわけだ。

「いや〜、これは毎日が彩られますな」

 と、みっちょん。

「いやいや、毎日は来ないでしょ。ただでさえ最近やばいんだから」

 と、私は自分のお腹のあたりで手のひらをヒラヒラとさせつつ、

「それに、このときのためにしばらく節約してきたんだし」

 と、付け加えた。
 このお店のメニューはどれも、私たち苦学生には少々お高い価格帯だ。それでもせっかくだからと、みっちょんも私も値段は気にせず、各々が1番食べたいと思うメニューを注文した。

「ま、そうだけど、今日のこの味の余韻だけで数日、いや、数ヶ月は幸せでいられるよ!」

 なんて素敵な発想。でも、みっちょんの言うことはあながち間違ってはいない。本当に美味しすぎて、食べている間だけでなく、その後もしばらくは満足感が残りそうだ。

「ところで、ゼミの彼とは何か進展あるか〜い?」

 油断していた。不覚。
 唐突にニヘラ顔を浮かべて尋ねてくるみっちょん(この顔もかわいい)に、私は受け身の体勢を取れず、一瞬表情をこわばらせてしまった。それを見て、みっちょんはニヘラ顔をさらにニヘラニヘラさせた。
 しかし、フォークの先をこちらに向けてくるのは流石にお行儀が悪いので、私は手のひらをかざして「それ、やめようね」と言いつつ、ひと呼吸置いて質問に答えた。

「なぁんも。もしかしたら、恋じゃなかったかも」
「出た。サヤちんのUターン現象」

 高校時代から私の恋の相談相手はいつもみっちょんだった。そして、いつも今回と同じように、途中で自分の気持ちが恋ではないような気がして、何もなかったことにしてきた。
 いったん歩み始めた恋路を、ほとんどまだ何のイベントも起こっていない序盤で立ち止まり、思い立ったように回れ右し、すたすたと元いた場所(恋を認識する前の状態)に戻ってしまう現象を、みっちょんは私の愛称を取って「サヤちんのUターン現象」と名付けた。

「まあ、でも、いいんだ。恋なんて人それぞれ。答えなんて無いでしょ? だから地道に自分の恋を探すよ」
「あれ? そこはいつものサヤちんと違うね。何かあった?」

 これまでは、ひとつの恋が終わるたびに悩んでいた。恋ができないなんて、もしかすると私には人間としてどこか欠陥があるのではないか、そんなふうに思っていた。そのたびに、みっちょんに話を聞いてもらった。
 いつも解決策は見つからなかったし、みっちょんのアドバイス「一回、突き進んでみたら?」にも従ったことはない。自分の中で、なんとなくそれは違う気がしたからだ。
 話を聞いてもらうだけで、いつも落ち着いた。それでよかった。
 けど、今回はもう、みっちょんに話を聞いてもらう必要もなくなっていた。ひとつ、小さな階段を上ったのだと思う。小さいけれど確実に、次の段階に来たのだと思う。
 
 …………。

「どおした? サヤちん……。お〜い。その顔、何?」
 
 え、ちょっと……マジ?

 私はみっちょんの右肩に、あるものを見つけてしまった。それは、みっちょんの肩に腰掛け、腕を組み、神妙な顔つきで(目や鼻などのパーツは一切無いのだが、不思議とその所作から表情が伝わってくるのだ)ひとり、うんうんと頷いている。
 あろうことか、小じさんが私の親友の肩に乗って登場した。

(つづく)

■これまでの小じさん


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