小じさん第10話「かたのり小じさん(後編)」

「え? いや、……ううん。ちょっとぼぉっとしてただけ。何だっけ?」

 と、私がごまかすと、

「サヤち〜ん。なぁんか様子がおかしいぞ。何か隠してるでしょ」

 さすが付き合いの長いみっちょん。私の表情の微細なサインを見逃さない。それでも、まだみっちょんに言う気にはなれない。みっちょんの肩に腰掛け、にやにやと嫌な感じの笑みを私に向けている小じさんのことは……。
 絶対に動揺なんかしてやるもんか。

「まぁ、私もちょっと成長したということですよ」

 なんとか自然に会話をつなぐ私。うんうんと頷いている小じさんにはすごく腹が立つけど。

「ふぅん。なんかまだ怪しいけど。ま、いっか。どうせいつかは分かると思うし」

 みっちょんは小さくニヤリと笑い、いったん詮索をやめた。

『なんや、ええ友達おるやないか。その人の前ならありのままの自分でいられるっちゅうやつや。人はこれを親友と呼ぶ』

 何? ここで話しかけてくる?
 ……いけない。動揺してはいけない。無視だ無視。

『無視かい!』

 当たり前でしょぉぉ……!

「サヤちん。目つき、怖いよ?」
「あ、……ごめん。なんか今日調子悪いな」
「ひょっとして、前言ってたゼミの教授のいびり、まだ続いてんの?」
「そぉなの! ひどいんだよ。ゼミの他のメンバーのことは褒めて、私ばっかりダメ出しで。なんかね〜、そういう人だっていう前情報があっても堪えるんだよ、どうしても」

 助かった。教授の話題で話が自然につながった。

『嘘や。もう自分の中である程度解決しとるやろそれ』
「みっちょん! 虫!」

 私はみっちょんの右肩の近く――小じさんのいるあたり――で、飛ぶ蚊をしとめるときのように両手のひらでパチンとやった。

 ……あれ?

 しかし手応えはなく、もう小じさんの姿も消えていた。
 当たったら当たったで、小じさんがどうなっていたかわからないけれど。とっさに身体が動いて、ほとんど手加減できなかった。
 そのことにはちょっとゾッとした。けど、私は悪くない。こんなところで出てくる小じさんが全面的に悪い。

「しとめた? 実はさっきから虫が飛んでるような変な音してたんだよね。しとめた?」
「う、うん。バッチリ!」

 私はお手拭きで、しとめた虫を拭うような仕草をした。もちろん、虫なんて手には付いていないけど。

「まあね〜。今回の恋はその教授さんの問題も絡んで、ややこしい感じだったもんね。サヤちんのUターンも致し方なし、か」

 ひとまず、みっちょんには怪しまれずに済んだようだ。本気で心配してくれているみっちょんには悪いけど。
 それにしても、今度出てきたら絶対に許さない。グーパンしてやる。何もない顔面に。正面から。

「でさ、うち、国文に友達いてさ」

 みっちょんが唐突に言う。国文とは、私が所属する国際文化学部のことだ。

「その子伝いに件の彼と話す機会があってさ」
「へ?」
「彼、最近新しくできた遊園地が気になってるの、知ってた?」
「いや、知らないけど……」
「うちらも行ってみたいねって話してたじゃん。そのことを彼に言ったら、トントン拍子で決まったよ〜」
「何が?」
「今度うちらと彼の3人で、新しくできた遊園地へ行くことになりました!」

 言いながら、みっちょんがフォークの先を突き立てるので、私は手のひらで「それ、やめなさい」と制した。心は動揺している。

「サヤちんほっといたら何もしないからさ、今回はちょっと強引な手段に出てみました。1回くらいUターンせず、突き進んでみよう!」
「なんと……」

 まさかの展開に私の頭はなかなか追いついてくれなかった。

(了)

■これまでの小じさん


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