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チェコのSFと今の東京と。

チェコのSFで最も有名な作品といえば、カレル・チャペックの『ロボット(R.U.R)』だろう。人間の労働を肩代わりしていたロボットが団結して反乱を起こし、人類を殺す計画を立てる…という戯曲。「ロボット」という言葉は、この作品の中で生まれて世界に伝わったという。

私は熱心なSFファンというわけではないのだけど、コロナ禍にあって東京での生活がそれまでの現実から離れていくにつれ、SF小説で取り扱っている問題が自分のことのように感じられるようになってきたような気がする。そんな中で手に取ったのがこれ。

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『チェコSF短編小説集』ヤロスラフ・オルシャ・jr. 編、平野清美編訳

カレル・チャペック、ヤロスラフ・ハシェクなどチェコの作家による11のSF短編が収録されている。作品は、1912年のものから一番新しいもので2000年のものまであり、20世紀を見渡すような1冊。

編者のヤロスラフ・オルシャ・jr.(1964-)の経歴はこんな感じ。

「カレル大学にて東洋学とアラビア学、アムステルダム大学にて比較欧州研究と国際関係学を修める。1992年以降、駐ジンバブエ大使、駐韓国大使を歴任し、2014年より駐フィリピン大使。
幼少期からSF文学に親しみ、1980年代SF月刊誌『イカリエ』の前進である『XB-1』を発行。(中略)O.ネフと共に『サイエンス・フィクション百科事典』(1995)を編纂。またイギリスのSFおよびファンタジー百科事典、数々のSF専門誌に寄稿。アジアおよびアフリカのSFについての記事多数。さらに、チェコ、インド、ジンバブエ、韓国、フィリピンに置いて、数々のSFアンソロジーを編纂。
−『チェコSF短編小説集』(平凡社、2018)より引用

各地で大使を勤めながら、その土地のSFアンソロジーを編纂して出版するってかっこいいな…。SF小説って登場人物の言葉として政治的主張が色濃く表現されていたり、強い思想による裏打ちがあったりする作品も多いので、なんだか納得。

この本の中から、特に気になった2作を紹介します。

ヤン・バルダ『再教育された人々ー未来の小説』(1931) 

徹底管理された社会主義体制の国を舞台にしたディストピア小説。子どもが生まれたらすぐに親と引き離され、養育施設で育てられる。伝統的な親子関係は解体され、誰が自分の子どもなのか、誰が親なのかわからない。かつての親子関係やその愛情について書かれた「古書」は読むことすらも禁止されている。古書を発見し、その内容に感化された3人の裁判が描かれる。(この本に載っているのは裁判部分の抜粋)

産んだ子どもをすぐに取り上げられてしまうなんてひどい世界だと思うが、一方で、子どもが親から受けてしまう影響は大きいから、全ての子どもが親ではないものによって育てられるというのはある意味でとても平等。ふだん、資本主義の行き過ぎとか経済格差のエグさに怒りを抱えている方なので、なんかこの平等さに憧れなくもない。

また、被告人の女性(かつての親子関係に憧れる)の、法廷での最後の言葉がとても印象的だった。

「どうぞお好きなように。どちらにせよここではわたしは生きていけません。」

少し話が逸れるのだが、このコロナ禍についてイタリアの哲学者・アガンベン がこんなことを書いていた。

もうひとつ思考すべきこととしては、あらゆる確信や共通の信念があきらかに崩壊しているという点が挙げられる。人間たちはもはや、ーーなんとしても救わなくてはならない剥きだしの生物学的存在を除いてはーーなにひとつとして信じていないようである。

ウェブサイト『Quodlibed』より。
https://www.quodlibet.it/giorgio-agamben-riflessioni-sulla-peste
日本語訳は
http://hapaxxxx.blogspot.com/2020/04/blog-post_7.html より引用

この言葉に触れて、移動の自由や楽しみが制限されたいま、生きている意味とか価値をどこに見つけたら良いのだろうか?とか、そういうことを考えていた。だから、この「どちらにせよここではわたしは生きていけません。」がズドーンと響いた。

今はとりあえず「病気にかからず生き延びる」ことこそが最も、そして唯一の大事なこととして生活している(ふりをしている)けれど、「生き延びる」こと以外に意味を持たない人生なんて、欲しくないなと思う。

ヨゼフ・ネスヴァドバ『裏目に出た発明』(1960)

主人公・シモンによる天才的な発明で、300人が働いていた工場が全て自動化した。全世界にその発明は広がっていき、シモンは億万長者になり、妻を捨て若くて美しい女性とも交際をはじめるが…という話。

全てが自動化した世界、現在少しずつそれは始まっている。人間がやっていたことは機械がやってくれるから生産性に縛られずにもっと自由でのんびりした暮らしができるようになる!と思っていたら、実はその自動化したものに合わせてどんどん世界は加速しているように思う。

「AIによって仕事が奪われる」とよく言われるけれど、それで仕事がなくなったら、自分は何をするだろう?長い暇と退屈、世界のスピード、貨幣の価値、コロナ禍の今とも重なるようなテーマが織り込まれている作品。

ちょっと長くなってしまったので、この辺で!
他の短編もまた別の機会に紹介できればと思います。


*この記事は、Instagram LIVE 水曜ノッツ第0回/2020年5月9日の回での放送内容を元に作成しました。

*水曜ノッツ(noc=チェコ語で夜の意)は、毎週水曜22時〜行なっているInstagram配信番組です。詳しくはこちら↓


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たりん
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