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キューブリックに魅せられた男('17・米)【それでも"映画の仕事"がしたい!大巨匠にその人生を捧げ、彼の映画に憑りつかれた一人の男の真実】

今もな名匠として謳われ、日本の映画ファンも老若男女問わず名前を挙げることの多いスタンリー・キューブリック監督。そんな彼が手がけた『バリー・リンドン』に出演したことをきっかけに、25歳の時から裏方として彼の右腕アシスタントとなって働き続けた元俳優レオン・ヴィターリの回顧録。

映画業界(それに限らずエンタメ業界)で働くことに興味のある方、もしくは働いている方にこそぜひ観ていただきたい1本。映画を愛する者として私もずっと映画業界で働くことを夢見ていた身なので、ただただ共感しかない骨太なドキュメンタリーでした。
『バリー・リンドン』に出演するという黄金チケットを手に入れたことで、以前から彼が「神」として崇めていたスタンリー・キューブリックと仕事をすることに。それだけでもテンション爆上がりなのに、役に対する姿勢や熱意も監督から評価されたことで、なんと個人的なアシスタントとしてヘッドハンティングを受けます。自分に置き換えるならば、タランティーノ監督に「俺と仕事しないか?」と誘われることと同じレベルの一大事なので、いやー、それはレオン氏もお断りするわけがないよなと!(勝手な妄想をすみません笑)

まさに「シンデレラ・ストーリー」と思われた矢先、いざ現場に駆り出されるとそこはまさに”戦場”。彼の忠実なるしもべとして、俳優の演技指導から小道具・大道具の整備、カメラ割の確認からロケ地の選定に至るまで、完璧主義者で知られるキューブリックの右腕となって、まさに身を粉にして働き続けることになります。朝方に帰ってきて玄関で気絶してまた数時間後に現場に出かけ、時には深夜に怒り狂うキューブリックの電話を受けて慌てて自宅に向かい話を聞き…。”ブラック企業”どころではない、まさに生き地獄。
それでもなぜ、彼はキューブリックに師事し続け、過酷な労働環境を耐えられたのか。それだけ偉大な人物の下で、偉大な映画を作っていることを彼は分かっていたから。キューブリックが映画づくりに異常なまでの情熱を注ぐ姿を一番近くで見ていたからこそ、その滾る思いを形にすることにレオンも執着したのです。
それはつまり、「何の為に仕事をするのか」という、全ての人間が一度は自分に尋ねるであろう重要な問いの答えをレオンは早々に分かっていたいうことでもあります。だとしたら本当にそれはすごいこと。しかも俳優として芽吹き始めていたところだったのに、あえて裏方としてこういう生き方を選択したという事実を思うと、ただただ頭が下がります。

そんな彼の献身ぶりは、同じくキューブリックと仕事した俳優たち(ライアン・オニール、R・リー・アーメイ、マシュー・モディーンなど)も認めるところ。特にマシュー・モディーンは、『フルメタル・ジャケット』の現場があまりに壮絶で、無理難題を強いられることが多かったため、その後キューブリックと仕事をしていません。そんな彼がインタビューの中でレオンの忍耐力、そして行動力を評価している姿もまた印象的でした。
ある意味”狂気的”といっても過言ではないほどの、レオンのスタンリー・キューブリックへの心酔ぶり。それはキューブリックの死後も続き、遺作となった『アイズ・ワイド・シャット』のポスト・プロダクションの過程においても、何とかして監督の遺志を構成に残すべく、徹底して打ち込んだというエピソードからもうかがえます。

もしキューブリックが存命だったら、この労働環境を部下に強いるのは2021年だと問題になって然るべきかもしれません。また、このレオンの働き方を一律に肯定することも当然難しいのも事実。
しかし、これだけ自分の身を捧げてでも仕事をしたいと思える存在と出会えたこと、そしてその人と”伝説”を創り続けることができたレオンのことがどこか羨ましく思える自分がいます。犠牲にしたものは計り知れないし、時に「変人」と思われた一方で、誰にもできない偉業を成し遂げた彼がインタビューで自身の過去を振り返る様子は、とても満足気に見えました。キューブリックもすごいけれど、どんなにきつくてもついそのやりがいが病みつきになってしまう人が多い映画業界もまたすごい。

数十年後、自分もこれだけ「やり切った」と思える仕事ができているだろうか。そんなことをふと考えさせられる1本でした。

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