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さよなら ミスタードーナツ
少し前のことだが、私はミスタードーナツに別れを告げた。
何年も通ってきただけに愛着もあったが、それでも別れることを決意した。
事の発端はいつだったか。
急激な円安により様々な物の値段が上がっていった時のことだ。ミスタードーナツもその煽りを受け、ドーナツの値上がりを決意した。
オールドファッション 150円
値段をよく見ずに注文してその金額に驚いた。
確か、120円ではなかっただろうか。
もしかしたら140円だったり、はたまた130円だったのかも知れない。そんなことは問題ではなく、私の中でミスタードーナツが姿を変えたことに衝撃を受けた。
ここまでの話だと単に私がケチで、値上がりしたから行くのをやめたという話になってしまう。
実際のところ、私はミニマリストを盾に取ったケチではあるのでそれを否定することはできない。
ただ、それだけではない。もっと違う理由が私にはあった。疑うのも理解できるが、あるということを今回は受け入れて聞いてほしい。
私にとってミスタードーナツとは、大学生活そのものといってもいいものなのである。
大学の授業など単位をとれる最低限しかいかない不真面目で怠惰な大学生だった私は、暇さえあれば本を読んでいた。読む場所は様々で、自室であったり、大学の図書館であったり、喫茶店であったり。その中のひとつにミスタードーナツは位置付けられていた。
小さなショッピングモールの一階に位置するミスタードーナツ。モールの三階には本屋があり、そこで適当に本を購入しミスタードーナツへ向かうのが毎回の流れであった。
注文するのは、ホットコーヒーとオールドファッション。機嫌がよい時はポン・デ・リングも追加する。
五百円を出せばお釣りが来る、そんな値段。
毎度決まったメニューを頼んでいた。年単位で通っていたので店員の顔も覚えたし、逆に覚えられてもいたと思う。人に覚えられるのは嫌だけれど、それを差し引いてもこの空間が好きだった。
ドーナツを小さく切り分け、コーヒーと本と共にちびちびと口に含んでいく。ほどよく読み進めた頃にタイミングよくドーナツもコーヒーもなくなる。するとこれまたタイミングよく店員さんが私にコーヒーのおかわりを注いでくれる。
そうやって二杯目をゆっくりと味わい、コーヒーが切れるころにちょうど本を閉じる。
その後はカフェインでふらふらした状態のまま自宅へ帰り、布団に頭を突っ込んで読んだ本のことなど様々なことに頭を働かせる。
このときばかりはもうコーヒーなんて飲まないと決意するのだか、1日たてばまたミスタードーナツに座っていた。
そんな、退廃的で素敵な日々を私はミスタードーナツと過ごしてきた。
金額の問題じゃない。変化したミスタードーナツを味わうことで、私の大学生活を上書きしてしまうことが嫌だった。
小さな違和感にすぎないが、過去を過去と認識したくなかった。
私の思い出を現実で塗りつぶさないでほしい。
そうするぐらいなら、思い出のままでいい。
間違いなく私はミスタードーナツが好きで、それは今も昔も変わらない。もう一度行けば楽しめるだろうし、三度行けばつまらない意地をはっていたと過去の私を小馬鹿にするだろう。
それが正解かもしれない。むしろ私のスタンスが不正解に近い。
それでも、今はまだ。
今日も私は自室でコーヒーを片手に本を読む。
忘れた頃に。
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