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【連載】スローイン・ファストアウト 4

前作


私と〇〇の二人きりの空間はラブ・ロマンスが起きてもおかしくないくらい接近している。
流行りの言葉で言えば、「濃厚接触」間違いなしだ。
時間はきっかり一時間。
原作より短いシンデレラタイム。
ラブ・ロマンスが起きるにはちょっと短すぎるかな。いや、人生何があるかわからないぞ、私、油断するな。
油断って、何?


* * *


その日、私は対人関係で落ち込んでいた。
この間一緒に豚骨ラーメンを食べた友人だ。唯一の私の友達と言っても過言でない。
この調子だと今週は一人でそのラーメン屋に行かなければならない。それまでに仲直りしたいものだ。
家に帰れば対象がいるのは、シェアハウスの欠点だな、と思った。
逃げるように、不純な気持ちで、〇〇に会いに行く。
というのは嘘で、もともと予定が入っていたのだ。
私と〇〇の関係は、今となってはそれはもう、会話が弾むこと、弾むこと。
少し前までは関係がここまで発展するとは思っていなかったな。
先程まで私を支配していたブルーな感情なんて、まるっと忘れてしまう、とは流石に言い過ぎだけれども、
楽しさのあまりに、家に帰りたくないな、〇〇ともっと長く居れたらいいのに、と願ってしまった。
回数を重ねていくにつれ、〇〇の知らなかった表情、性格などその他諸々を得て行くのは、まるでゲームのクエストのようだ。
知的欲求と〇〇の魅力は随分私を欲張りにしていた。


* * *


「今日、体調悪いんですか?」
〇〇から話しかけてくることは、とうに慣れたが、この質問は流石にどきりとした。
実際に悪いのは体調というより、「心」調なのだが。
世間話ならもっと、寒いですね、とか、あっただろうに。
透けて見える程分かりやすいのか、私の心は。
透け透けどころかトレンドのPVC素材かもしれない。
「そう見えますか…あはは。」
なんて濁してみるが、思わぬ〇〇の投げ掛けに心のダムが決壊し、堰を切ったように昨晩の友人との事柄を話してしまった。
なるだけおちゃらけて、ユーモアを挟んだのは、咄嗟の判断力だ。
笑い事にする事で、私自身もそれを浄化させたかったのだ。
そう、話してしまったのだ。
甘えてしまったのだ。

しくったな、と思いつつも、走り出したら止まらない口車。
したら、どうだろう。
〇〇は真面目な顔で、「俺で良ければ聞きますから。」なんていうものだから、
身体がびくんと跳ねるような、強めの快感がぞくっと襲うような、感覚。いや、錯覚がした。
少女漫画かよ。と、揶揄って平常心を保とうとする。
社交辞令だろう、〇〇の、頬杖を付きながら遠くの空を見る目を見たら、わざわざ私を心配してる面には見えない。
でも、それにでも依存したくなるくらい、その時の私にとって〇〇の言葉は甘美なご褒美だった。
甘い蜜に縋っていいのかと内心あたふたする私と、
興味のなさそうに遠くを見る〇〇、
沈黙と、迫りくる制限時間に、落ちる夕日。

「〇〇、」
沈黙が苦手なのでとりあえず意味もなく〇〇を呼んだみた。
呼んだみたものの、見切り発車である事がばれないように言葉尻をえへへ、と曖昧に誤魔化した。
「えへへって。なんですか。」口角が少し上がる〇〇。少しこちらを向いてくれた。
流し目と長い睫毛がエロチックだった。
頬に長い睫毛が陰る。そう表現するに相応しい。
今日、私は少女漫画の世界にいるのかしら。
ヒロイン・私はこう続ける、
「〇〇とお話しするの、すっごく楽しくて、幸せ。もっともっと〇〇の事が、知りたいです。」
しかし現実はそうは問屋が卸さない。
私は動物ではない、理性のある人間なのだ。
これはだめだ、絶対に言ってはいけないと、心に急ブレーキをかける。
だって〇〇は×××なのだから。
「うふふ、なんでもないです。」
これが〇〇を困らせない返答だろうと思った。
私は知っている、馬鹿な振りが一番安全なのだ。
「ふーん」と言いたげな、深追いしない〇〇の様子と、私の無駄に働く妄想力が相まって、
なんとなく、〇〇は私を思っていたのかを分かっている気がした。
分かった上で、反応しない事を選んでいる、気がした。
気でしかない、被害妄想は甚だ承知だ。しかし、良くない方への妄想は、当たる傾向にある。
そして〇〇も勘が良い、と思う。
勘が良いか、本当になにも考えてないかなどっちか。今回は自分の失態も相まり、前者だと思われる。
やらかした。
もう「終わった」な。
同居人との喧嘩はさておき、死んでしまいたくなった。

幸か不幸か、生温い違和感を纏った無言の時間は、タイムオーバーのお陰で強制的に終わらせる事が出来た。



* * *



帰路、恒例反省会。
何がラブ・ロマンスだ。何が幸せだ。
タイムリミットのある幸せを自分で壊すなんて、馬鹿だな自分は。
同時に、私は〇〇にのめり込み過ぎていると自覚する。
好きになんてなりたくなかった。
とりあえず今日の失敗は今日の失敗。私は「体調が悪かった」のだ。致し方ない。

そう思って臨んだ翌日、びっくりするくらい〇〇の態度が冷たく感じて、本当に「終わった」と思った。
泣いてしまいそうだった。

せめて友人と早く仲直りしたいものである。



云寺




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