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音楽の記事を書こうとした #01


MJIでスタッフをしています。谷口です。

会社のアカウントで何書いてるんだ・・・という葛藤と戦いながらも、

・・・続けて脱線していければと思います。


弊社のロボット『タピア』について素敵な記事をスタッフのササカマさんが書いてくださいました!


タピア、歌うのは苦手だけど、たまにちょぴっと歌ってくれる。

マジで可愛い。



はじめに


友達から、

「気になる子から好きな曲のプレイリストが送られてきてドキドキした」

という話を聞いたことがあります。

聞いてるこっちがドキドキした。
それ、ラブレターばりに威力あるよなぁ。


“知ってる人から聞いたおすすめ”って、
「注目アーティスト◯◯組」とか「2020年上半期ヒットソングランキング◯◯!」とかでサクッと知って聴くよりも、なんだか特別な体験になる。


でも、友達は『気になる子のプレイリスト』だったから、
ワクワクしたんだろうしなぁ。


ましてや今このnoteを読んで下さっているあなたは、
僕のことなんて全く知らないわけで・・・。



うーむ。



『ちょっとnote読んで知ってる、知らん人のおすすめ』


ちょっとだけ特別。
よし、これを目指そう。



専門家でもなんでもない、
どこかで生きている平凡な人間の、音楽にまつわる物語。


そんな視点から書いてみることにしました。



#01


音楽、嫌いだった?



今まで、音楽が好きな人にはたくさん出会ってきたけれど、音楽が嫌いな人には出会ったことがない。


「あの声は私の好みじゃない」とか「あのノリは苦手」なんかはあっても、
”音楽そのもの”が嫌い、苦手という人は中々いないのではないだろうか。

いや、もちろんいらっしゃるだろうし、否定的な気持ちは全くない。

何故なら僕もそうなる可能性があったかもしれない一人だからだ。


音楽が人に与える影響は計り知れない。関係はとても繊細だと思う。
人と音楽の数だけドラマがあり、時に救われたり、狂わされたりする。
希望を与えることもあれば、後悔させてしまうこともある。
あまりに身近にあるものだから、不意打ちのように人生へ介入してくる。


人生の途中で音楽に魅了され、どっぷり浸かっていく人もいるように、
何かのきっかけで音楽が嫌いになってしまった人だっているのだろう。



幼い頃。
姉がピアニストを目指していたので、クラッシックが昼夜ぶっ続けで鳴り響く家で育ちました。
記憶を辿ってみると、姉がピアノ先生のレッスンを受けている隣の部屋で、
物音立てないように食べる無言の夕飯を思い出したりします。

ピアノの音が止まり、先生の叱咤の声が聞こえるのを雷と呼んでました。


当時の僕はまだ、”音楽の素晴らしさ”や”表現することの面白さ”なんて気づけていなかっただろうし、むしろ幼い姉が毎日友達とも遊ばず、時に悔し涙を流しながら弾き続ける姿を見て”どうしてそこまでしてやりたいんだ?”と疑問に感じていたようにも思います。

それに加え、甘えん坊でいじけ癖のあった僕は、親が頑張る姉に構うのが許せず(最低な弟だ)。

いつしか音楽は"姉のもの"と認識するようになっていて、面白くありませんでした。

当時の僕にとって音楽はとても近くて遠い存在だったのです。

母や姉曰く、僕にもピアノを薦めたけど「(雷が怖いから)習いたくない」と言ったらしい。覚えていない。覚えていないくらい音楽自体には興味がなかったのかもしれない。


少し大きくなり、小学5年生くらいの頃。
よく遊んでくれていたお兄さんたちがギターを弾いていて、触らせてもらう機会がたくさんありました。
お兄さんたちに憧れ、ギターが欲しいと親にねだります。

”俺も音楽やったら、もっと構ってもらえるんじゃないか”

そんな動機も少なからずあったはず。
親はそんな僕にも優しく、アコースティックギターを与えてくれました。

音楽と新しい関係が始まった瞬間でした。



タイミングよく、note公式さんからお題「 #はじめて買ったCD 」が。

そのギターを始めた頃に買ったCDが、初めてでした。
やはりクラシック音楽には興味を示せず、買ったのは、

ORENGE RANGEのシングルCD 『お願い! セニョリータ』。

ビキニの女性がバーベルを持ち上げジャンプをしているそのCDジャケットはキッズにはなかなかの刺激で、緊張しながらレジへ持っていった記憶。

ORANGE RANGE、給食の時間が蘇るなぁ。
当時お堅い先生が多かったので、校内放送では健全な感じの曲しか流すことを許されない暗黙のルールがありました。(線引きは難しい)
刺激的でやんちゃなORANGE RANGEがかかると皆ぶち上がりました。

家のクラシック音楽のCDたちに紛れ込むORANGE RANGE。革命だった。



チューニングがズレているのが分からない。



ギターをお兄さんたちに楽しく教えてもらえたことで「俺だって楽器弾けるんだ!」という達成感に満たされ、飽きずに続けることができた。(ギターを始めて1ヶ月以内の挫折率は本当に高いと思う。最初のうちの達成感はほんと大事。)

“姉のもの”だと思っていた音楽が、いつしか”僕のものでもあるもの”に。


しかし今まで自覚の無かった、己の問題にぶち当たった。


電子チューナーを見ながらチューニングしているのに、いまいち合っているのか分からない。

覚えたコードをズレたまま演奏していても気がつかない。言われて気づく。

「なんかカッコ悪い音だな」とようやくチューナーを確認する頃には、アホみたいに狂っている。


明らかにズレているのに、どうして気づけないんだろう?


そういえば、部屋でORANGE RANGEやGReeeeNを大声で歌っていると、姉から「うるさい」ではなく「音痴」と叫ばれる。

あれは事実だったのか?ただ喧嘩を売れらていたわけじゃないのか?

姉は母に似て歌も上手で、『絶対音感』とやらも持ってるらしいのに・・・もしかして俺・・・


音痴・・・なのか?



『ちょっと音痴』どころか、『かなりの音痴』だと悟ったのは中学校の合唱コンクークルだった。





「谷口、ズレてる。」「谷口だけ合ってない。」



音楽の授業。先生の指摘にみんなが笑う。

当時いじられキャラだった僕は一緒に笑ってヘラヘラしていたけど、本当は体から火が吹き出そうなほど恥ずかしかった。

何度やっても、何故か僕の声だけ浮いてしまう。
そもそも正しい音が何なのかいまいち分かっていない。

それは『知らない言語を聞き取ろうとしても知らないんだから分からない』みたいな気持ちだった。

今になって思うのは、『俺は音痴だから向いてない、どうせ出来ない』という恐怖心と強い自覚のせいで音をしっかり聞く耳を自ら塞いでいた。

そのくせ自分のキャラは守ろうとして、先陣切って歌うもんだから悪循環だった。「駄目な奴』と笑われることで、自分も笑い飛ばそうとしていた。


みんなが出来ることが、出来ない。


ギターやってんのに・・・音楽、好きなのに・・・。


思春期ボーイが傷つくには十分な劣等感で、またしても音楽から離れてしまいそうな出来事だった。





「指揮者やりたいです!」



合唱コンクールの指揮者とピアノ伴奏者を決める日、僕は手を挙げた。

『学校内の合唱コンクール指揮者』といえば、クラスのリーダー的存在か、しっかり者の優等生しかやっちゃいけないイメージだったけれど(偏見)、いじられキャラの僕は必死で小さな頭と心で考えた末、覚悟を決めた。

正直な心の内訳はきっとこうである。

「優勝出来なかったら俺の歌声のせい」70%
『とはいえ今から姉に習ってもピアノは弾けない』20%
「指揮は音出ない。自分にとってもクラスにとっても最善の策」10%
「実はやってみたかった」0%


指揮者からしたら「なめんな」の一言だろう。当時の僕を許してほしい。
指揮者でなくとも、僕が挙手した時「冗談か?」とみんなが思ったはずだ。



放課後の個人練習がはじまった。

武道場の鏡の前で、何度も曲に合わせて腕を振る。武術のように思えた。

練習を見てくれた先生に告げられる。どうやらリズム感も悪いらしい。

そういえば小学生の頃、夏祭りで和太鼓を叩いたことがある。

盆踊りをするおばさまたちが踊りづらそうだった、と父が笑っていたことを思い出す。

あちゃー、それ忘れてた。

鏡に映る不器用を絵に描いたような男子を睨みながら腕を振り続けた。

教えてもらった 『指揮者のイメージで浮かぶあのシンプルな腕の振り方』 でとにかく練習してみるものの、僕がやると不安定で硬くてぎこちない。

とにかく、リズムをずらさないメトロノームになることを目指していた。


練習で実際にみんなが歌う前で振ってみる。しかし、

ぶっちゃけ振らずに突っ立ってたほうがみんなうまく歌えるんじゃないか?

と不安になった。なんだかすごく虚しい。
対面のみんながすごく遠くにいるように感じる。
みんな、僕の手を見ているようで、見ていない気がした。


「俺、なんも伝えられとらんな」



みんなが出来ることが出来ないから、
自分にしか出来ないことをやることにした。



もういい。下手でいい。つーか下手だ。センス0だ。
笑われてもいいや。いっそ全力で笑われよう。
谷口ちゃんとやってーなんて言われるかもしれない。
だけど虚無で無味な数分間なんてもう、嫌すぎる!
いつもの開き直りか?いや違う、燃えてる。
劣等感のガソリンに火を落とした。


俺はメトロノームじゃない!



ゾーンに入った。



いつもと違う伴奏のタイミングで、
右手と左手が”何か”を掴もうと伸びていく。

緊張が走った。

アルト・ソプラノ・テノール・バスから発せられる無数の”何か”を、
ぐっと掴む。

徐々に膨らませてみる。

おお、これ、こうして、


ドカーンと、打つ!


赴くままに、ドラゴンボールのかめはめ波を打っていた。

少しざわついたものの、合唱は続いていく。

左の手のひらで”何か”を抑え込みたくなる。

右手人差し指で”何か”を引き伸ばしてみた。

今まで見えなかった、ひとりひとりの顔が、目が、声が、よくわかる。

「お前どうしたん」ってあいつの心の声まで聞き取れた。

「次デカいの来るよ!」音の中でみんなと会話をしてる。何だこれ。

顔芸に近い表情の変化で、微細なニュアンスを伝えてみた。

伝わってる。

音に身体が溶けていきそうな感覚。

今まで無かった”何か”が、そこに生きて渦巻いている。



芸人さながらの奇行をあまりに真剣にやるものだから、はじめは笑っていたみんなも、先生も、これがうちのクラスの指揮だと認めてくれて、咎められることはなかった。





それでも合唱コン、優勝できなかった。

現実はそうドラマチックにはいかないものだ。

でも、「うちのクラスが一番良かっただろうが!」
と胸を張って言える合唱だった。

“何か”がその日もあったから。

それだけで良かった。
音楽がもっと好きになった。


姉が涙を流してでも掴んでいたかったものって、その”何か”だったのかな。

また違う、”何か”なのだろうか?



もっと感じてみたいと思った。




#02につづく






谷口。


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