音楽の記事を書こうとした #05
それでこれは21歳の時の話
高校時代、『あきこ』というバンドを組んでいた。
その時のドラマーであるMと待ち合わせをしていた。
会うのは卒業以来で、3年ぶりだった。
*
二人で、『あきこ』が最後に曲をレコーディングしたスタジオへ訪れた。
久しぶりの再会で妙な緊張感の中、それぞれドラムのセッティングやギターのチューニングを始める。
「半音下げ(チューニング)でいくわ」
するとMが、ふふっと鼻を鳴らした。あの頃と変わらない癖だ。
「・・・半音下げの利点とかを知った上でやるならいいけどさー」
お互い笑いがこみ上げてくる。
そうそう、僕が音痴だったから曲作りの時に散々迷惑かけたんだ。
「お前『半音下げって言ってる自分かっこいい』って思ってるだろ」
「もう解るようになったの!」
相変わらずな毒舌が、すごく懐かしくてホッとした。
*
僕らは高校生活の2年分を、『あきこ』というバンドで過ごした。
不思議なもので、同じ高校で同じ学年だったけど、
バンドのことで会う以外は、遊びに行ったりとかそういう友達付き合いみたいなのがほとんどなかった。
ボーカルのSともそうだ。
廊下で見かけた時も、そばに友達がいる時なんかは軽く目を合わせる程度ですれ違ってしまうような関係だった。
それぞれの友人関係も、好きな音楽も、価値観も性格もバラバラだった。
音楽を通した時だけ繋がれる。それはそれで、心地の良い距離感だった。
発想と行動力でバンドを引っ張るが、不器用で頭も悪く悩みがちなギターの僕と、
センスと技術でイメージを具現化させる器用さがあるが、毒舌で容赦ないドラムのMと、
天性の不思議な歌声を持っているが、とにかく軽くていまいち掴めない性格のボーカルSと、
チャラ男でキレ性で問題も起こしがちだが、兄貴肌なベースのY。
今思えば、変わり者の集まりだったんだな。
絶妙なバランスだった。
彼らのおかげで、僕は腐らず進むことが出来た。
『仲良しバンド』では無かったかもしれないけど、一人でも欠けていたら『あきこ』は成立しなかった。
『あきこ』のささやかな活躍と終わりについては随時書こうと思う。
Yとは今現在でも一年置きほどの頻度ではあるが連絡を取り合っている。
Sとは卒業後一切関わりがない。
連絡先を知らないことを今書きながら初めて気がついた。
そしてMとは、このスタジオで再会したのを最後に連絡をとっていない。
*
僕らは鳴ってる間だけ
思い出のスタジオで、一通り『あきこ』の曲を演奏した。
お互い覚えていなくて全然違うものになったり、思いのほか覚えていた曲は「体ってすげー!」ってなったりした。
この世に『あきこ』の曲が弾けるのは『あきこ』のメンバーしかいない。
僕らが忘れてしまえば、この世界から消えちゃうんだな。
そんなことを思った。
演奏できる曲も尽きて、しばらく即興演奏に切り替わった。
僕は音痴ではあるが、『あきこ』時代に即興で歌を作って弾き語りをする一発芸のような技術を身につけた。
そんな感じで1時間ほど演奏しながら笑ったり、グッと集中したりして、僕らは楽しんだ。
「Mさぁ、高校時代と今、どっちがいい?」
演奏が終わると僕は唐突に問うた。
Mは意外とまじめに、間をとって考えてみせた。
「どっちだろ。高校時代じゃない?」
「そう?何が欲しくなる?」
「欲しいもの?」
「『若さ』とかでも良いけど、何があの頃は良かった?」
「・・・時間かな」
「好きなことする時間?」
「そうだね」
「ふーん・・・」
するとMが腹を抱えて笑い出した。
「ええ?」
「なんでそんな偉そうなんだよ」
「そんなつもりじゃない」と言い訳しかけてやめた。
確かに、偉そうだ。
Mに何を求めて聞いてんだよ。
Mに何て返してほしいのさ。
どうやら僕は、『あの頃は良かった』と言わせたかっただけみたいだ。
まるでMが、今はうまくいっていないみたいじゃないか。
自分の傲慢さに恥ずかしくなった。
音楽ではない道を選び、さらに迷走しまくっていた僕こそが、その時弱り切っていたのだった。
彼は毒舌だけど本当は優しくて、勘のいい男だということを知っている。
だから僕は、Mに甘えに来てしまったのだろう。
でも僕たちの関係は特別だということを忘れてはいけない。
再会は、音楽が鳴っている間だけなのだ。
次鳴らす時はもっとハッピーで、偉そうに未来を歌おう。
06につづく。
谷口
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