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出産当日のこと(長男ユースケの場合)

当時 ホームページ に書いた文章をnoteに載せてみたくなりました。
子供が大きくなったら読ませてあげようと書いた日記です。
※ユースケ誕生のお話

=2001.02.28の日記=

「出産当日のこと」

2月28日(水)小雨、午後3時7分。
体重2918g、身長46cm、男児誕生。母子健康。万歳!

曇り空の朝、私たち夫婦は病院に向かった。

前日、病院には事前に連絡しておいた。予定日を1週間近く過ぎたが、赤ちゃんに会う日がとうとう来たのだ。入院するために用意したバッグを抱え、マンションのドアを締めた。「なんだか旅行するみたいだね」なんて2人で笑いながら、部屋を出た。

9時に病院に着き、さっそく入院準備を済ませた。部屋から外を眺めると小雨がパラツキ始めている。どうかこの雨のように、心穏やかな日になりますように。

ナースステーション横にある陣痛室で、点滴を受けながら彼女は午前中を過ごした。私はベッド横のソファでずっと付き添っていた。陣痛はなかなか始まらず、出産までにはかなり長い時間が掛かりそうに思われた。

陣痛が始まったのは、12時になり、ご飯を食べている時だった。突然痛みが訪れ、その間隔はいきなり短かった。10分間隔どころか、3分間隔ぐらいからそれは始まった。ただ、陣痛の波がおさまれば、ケロリとした顔になるので、私もその時は安心していた。でも、しばらくすると陣痛は1分間隔ぐらいになり、かなり痛そうになってきた。私はベッドの横に座り、彼女の腰をさすり続けた。私にできるのはそれぐらいなのが情けない。

とぎれとぎれの声で「痛くない」と彼女が言うので、意味が分からず私が聞き返すと「ずっとさすってて痛くない?」と彼女がもう一度言った。陣痛の最中に、私のことを気にするなんて。私が彼女のことを気にしなければいけないのに。なんだか涙が出そうになってきた。

そのまま陣痛の間隔がほとんど無くなり、分娩室に移されることになった。かなり苦しそうで、自分で歩くことが出来なかったため、私と看護婦さんで分娩室に彼女を運んだ。このとき午後1時45分。看護婦さんにどれぐらい掛かりますかと聞いたら、もうすぐですよとの返事だった。時間を聞くと、30分ぐらいとのこと。なんだか今にも産まれそうな雰囲気だった。

私は出産に立ち会わない予定だったので、彼女が分娩室に入ってからは、扉の外の廊下で待つことになった。しかし、ここからがとても長く感じられた。

30分を過ぎてもまだ産まれない。1時間が過ぎた時はさすがに心配になった。中で一体何が起きているのだろうか?分娩室に出入りする看護婦さんに聞いてももうすぐですよとしか答えてくれない。もしかしたら帝王切開になったのではないかと考えたりもした。彼女の体が心配だ。でも、ここは信じて待つしかない。

椅子に座れば良いのだが、何だか落ち着かない。廊下をうろうろしながら、扉の外側で、誕生の瞬間を待った。人から見られたら、かなり恥ずかしい状況だ。そうやって待っていると、やはりいろんな人が廊下を通りすぎる。そのたびに、壁に背をもたれて、なんでもないふりをする。でも、目は扉に釘付けだったりする。

産声を聞きたかった。子供が産まれる第一声を、この耳でちゃんと聞きたかった。会社に定期連絡しなければいけないのに、携帯で喋ってる間に産まれたらと思うと、電話できなかったり、親子連れが新生児室を見に来てて、子供がはしゃいでると、そんな大きな声出したら聞こえないよお、なんて思ったりして、待ってるあいだ、ずっとやきもきしていた。

そのとき、ふと自分の親のことが頭に浮かんだ。私の親も、私が生まれる時はこんな感じでいたのだろうか?この廊下が、その瞬間の過去に繋がっているような不思議な感覚を覚えた。タイムスリップして、自分が生まれるのを、親の目を通して見ている、そんな感覚だ。

時折、彼女の苦しそうな声が扉の中から漏れてくる。声の調子が変わり、助産婦さんの励ます調子も変わってきた。助産婦さんの掛け声に合わせ、彼女のいきむ声がようやく聞こえてきた。

午後3時7分、男の子誕生。元気な産声もちゃんと聞こえた。何だか嬉しくなって、誰彼問わず「産まれたよ」と話しかけたい気持ちでいっぱいになった。さっきまで、あれだけ人が通るのを嫌がっていたのに、この心境の変化はどうしたことか?我ながら苦笑してしまった。

新生児室に運ばれた赤ちゃんは、まだ目も開けてなかった。とりあえず赤ちゃんを見てほっと一安心できた。ただ頭がちょっと細長いのは笑ってしまった。産まれたばかりはこんな形で、いずれ元に戻るものだとは知っていたけど、いざ実際に見るとやっぱり笑える。

眠っている赤ちゃんはとてもおとなしい。時々くちびるの端をちょっと持ち上げ、何だか微笑んでいるようにも見える。どんな夢を見ているのか、とてもご機嫌そうだ。

しばらくして、分娩台にいる彼女に会わせてもらえた。私が彼女の横に来ると、彼女は少し泣いていた。タオルで涙を拭いてあげた。後で彼女に聞いたのだが、ほっとしたら涙が自然に出てきたそうだ。

車椅子に乗せられ、部屋に戻る前、新生児室にいる赤ちゃんを2人で一緒に見た。赤ちゃんはちょっと目を開けていた。やっぱり笑っているように見える。自分たちの子供をこうして2人で見ている。そのことがとてもとても不思議に思えた。

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