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エッセイ

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#言葉

言葉美人

当時ホームページに書いた文章をnoteに載せてみたくなりました。 =2003.07.05の日記= 人柄とはいったい何だろうか? どうやって決まるものだろうか? 最近そんなことを考えている。 容姿、服装、表情、声のトーン、言葉の使い方、話題の選び方など、たくさん要素はあるが、おそらくそのすべてを瞬時に私たちは判断しているのだろう。そこから感じ取れる雰囲気がその人の人柄なのだ。 優しそーだとか。怖そーだとか。本当のところは分からないけど。 そうやって表面に現れてくるものを

言葉を尽くす

当時ブログに書いた文章をnoteに載せてみたくなりました。 =2004.05.28の記事= 「言葉を尽くす」 言葉について考えることがよくあります。「良い文章」と「上手い文章」についても。この2つは似ているようでたぶん違います。 「上手い文章」は書けなくても「良い文章」なら誰でも書ける。 私はそう思っています。 ◇ そもそも私たちはなぜ書くのか? なぜ書きたいと思うのか? それは自分の想いや考えを誰かに伝えたいからではないでしょうか?もしそうなら「良い文章」とは

なんと答える?

当時ブログに書いた文章をnoteに載せてみたくなりました。 =2005.05.18の記事= 「なんと答える?」 プロポーズの言葉を覚えていますか?という問い掛けで始まる新聞のコラムを読みました。※1月20日付の西日本新聞 (2005年) 実はこれ、奈良県が募集した「プロポーズの言葉100選」を紹介したもの。私が気に入ったのはこの話です。 愛知県の十代の女性は両親のエピソードを寄せた。 母は義理チョコのつもりだったが、 お返しにと誘われた高級料理店で父が大声で 「ぼ、僕

目隠しされても気づかない

我が家のレコーダーがなぜか朝の情報番組を録っていた。 1週間経ってからその事に気がつき驚きました。そして合点がいきました。どうやらこれは"小林賢太郎"のキーワードに反応したせいらしい。 小林賢太郎ファンとして、彼の情報を逃すまいとずっと以前に登録してたキーワードがこんなところで作動するとは。 ◇ オリンピック開閉会式のショーディレクターだった小林賢太郎は、大会組織委員会から7月22日解任されました。オリンピック開会式前日のことです。そのことを報じる翌朝の情報番組を、我

「詩のボクシング」

当時ブログに書いた文章をnoteに載せてみたくなりました。 =2005.01.30の記事= 「詩のボクシング」 詩のボクシングが1月22日NHKで放送されました。今回は第4回全国大会。第1回こそ見逃しましたが、第2回から欠かさず放送を見る機会に恵まれました。 詩のボクシングとは、白いリングの上に、青コーナーと赤コーナーに分かれた詩人が交互に自作の詩を朗読して、どちらがより観客の心に届いたかをジャッジが判定して、競い合うトーナメント競技。1人の持ち時間は3分。準決勝までは

名前をつけてやる

当時 mixi に書いた文章をnoteに載せてみたくなりました。 =2009.08.01の日記= 「名前をつけてやる」 ↑ タイトルはスピッツのアルバムから。 7月29日付の読売新聞のコラムがなかなか面白かった。 ◆パトリシア・コーンウェルの推理小説「検屍官」に、「がん作り棒」という言葉が出てくる。登場人物がたばこをそう呼んでいた。その名称が広がれば愛煙家もちょっと一服しにくかろう。 ◆「借金」を「キャッシング」と呼べば借り手の警戒心は薄れ、「売春」を「援助交際」と

高校生の君へ #2

当時高校生だった息子ユースケに宛てた片道書簡をここに載せようと思う。 たった一人に送った文章。あなたに響く言葉はあるだろうか? 1月15日(日) なぜ書くのか?の続き。 シュンヤが持ち帰った塾の国語のプリントを何気なく読んでいて、ああこれだ!と思った。私が思っていたことがそこには書かれている。 長くなるけど引用する。河合雅雄「子どもと自然」より (前略) 大学で新入生への講義の際にびっくりするのは、ノートも筆記用具も持たず、手ぶらの学生が多いことだ。ノートをとるよう

高校生の君へ #1

当時高校生だった息子ユースケに宛てた片道書簡をここに載せようと思う。 たった一人に送った文章。あなたに響く言葉はあるだろうか? 1月14日(土) ユースケに毎日最低2行はなんでもいいから書くように伝えた。なんのためにそんなことを言い出したのかと思ったに違いない。 書くことは自分を知ること。私はそう思う。 自分というフィルターを通して選ばれた話題、書かれた言葉は、自分に何かを語りかけている。自分でさえ気づかなかったことを、自分が書いた言葉の中から教えられることもある。

スタンド・バイ・ミー

当時ブログに書いた文章をnoteに載せてみたくなりました。 =2004.11.20の記事= 「スタンド・バイ・ミー」 言葉は命である。 哲学者の池田晶子は、著書『あたりまえなことばかり』で書いています。 死の床にある人、絶望の底にある人を救うことができるのは、医療ではなくて言葉である。宗教ではなくて、言葉である。 この文章を読んだときの衝撃を忘れることができません。なんて力強い言葉なのだろうか。人が人らしく生きるために必要なのは医療や宗教ではなく、言葉であると気づきま

やさしさの型

当時ブログに書いた文章をnoteに載せてみたくなりました。 =2007.06.11の記事= 「やさしさの型」 最近、江戸しぐさが注目されるようになってきました。その中でとりわけ私の興味を引いたのが「うかつあやまり」。足を踏まれたとき、踏まれたほうも謝るというものです。 足を踏まれたら、踏んだほうが当然謝るべきだと考えた自分に気づいて、ちょっと驚きました。江戸しぐさでは踏まれたほうも謝るという。その発想がいつのまにか私にはなくなっていました。 足を踏まれて、痛みに顔をし

イチハラヒロコ

「イチハラヒロコ」というアーティストをご存じでしょうか? Wikiによれば 日常感覚とユーモアに満ちた言葉による文字だけの作品を制作している 日本の現代美術アーティストです。 正方形の白地に太ゴシックの文字を用いた作品を制作しています。これがめっぽう面白い。「愛と笑い」をテーマに言葉だけで勝負する唯一無二のアーティストです。 どんな作品か見てみるのが一番。 誰でも出来そうなのに出来ない。コピーライターの仕事とも違う。カッコ良さとは無縁の「素の言葉」というか。読むとクス

指輪の秘密

当時 ホームページ に書いた文章をnoteに載せてみたくなりました。 ※長男ユースケが生まれる前日の日記 =2001.02.27の日記= 「指輪の秘密」 1年前の今日、私たちは結婚式を挙げた。 せっかくの結婚記念日なので、何か書きたいのだが、今夜は二人の時間を大切にしたい。日記は別の機会にして、今日は以前友達に送ったメールを掲載することにします。 結婚が決まった友達に送ったメール。 件名は「指輪の秘密」。 指輪の話を書きます。 もしひとつだけ「言葉」を持ち歩けると

大みそかの朝。ワンダーとワンダフルの関係について。

大みそかの夜7時、来年の年賀状のデザインが完成しました。紅白も始まっている。家族には本当に申し訳ないことをしました。史上最遅! でも年賀状を作っている過程で気がついたことがあるんです。それも大みそかの朝。ワンダーとワンダフルの関係について。 “Wonder”をキーワードに年賀状を作ろうとしてふと気がつきました。 “Wonderful”って”Wonder”+”ful” なんだ! “Wonder”=“驚き”があふれた状態がワンダフルだというのは新しい発見でした。