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短編小説#8 餃子を食べる話
午後7時、僕は急いでいた。今日は同棲している彼女と付き合って三年目の記念日で、特別な晩ご飯の日なのだ。そんな日に限って少し残業してしまって、僕はなんてダメなやつなんだろう。こんなことで怒るような彼女ではないことくらいわかっているが、時間に遅れるのは僕が嫌だった。
急ぎ足で路地を抜け、サプライズで予約していたケーキを受け取ったら二人で住むマンションへ。エレベーターを待つのも焦れったいが、さすが
短編小説#7 インスタントラーメンを食べる話
きっかけは週末の夜更かしだった。動画サイトやSNSのチェック、好きなゲームなどをしていたらいつの間にか時刻は深夜1時。同棲中の彼女は遅くまで起きているのが苦手だから早々に寝てしまったが、僕は自他ともに認める夜型人間なのでむしろここからが本番という気持ちだった。
ゲームのキリがいいところで進捗報告を投稿すべくSNSを開いたら、フォロワーの一人がこんな深夜だというのにカップラーメンを食べている写
短編小説#6 うどんを食べる話
夏の終わりのこの時期は夕方にはすっかり肌寒くて、僕は仕事終わりの疲れた体に鞭を打って家路についている。こんな夜にはあたたかいものを食べてゆっくり寝るに限るのだ。幸い明日は休みで自宅の冷蔵庫には大好きなビールが待っている。ついでに唐揚げなんかも買って帰ってもいいのかもしれない。そんな思いを膨らませながら薄暗い路地を抜けると、いつも通りかかる小さな店が目に入った。手打ちうどんと大きく書かれた暖簾が目
もっとみる短編小説#4 浮気と本気の終わらせ方
指定ワード:自我 美化 風化 食事
「私、人が食事してるの見るのが好きなの」
大衆居酒屋のど真ん中、店自慢のげんこつから揚げを大口開けて頬張ろうとしているときに、目の前のこの女はなんてことを言い出すんだと思った。この女は斉藤 美津江で、私の高校の同級生。十年経った今でも腐れ縁として続いている関係だ。年数にして十数年、友人としてつるんできたが、そんな話は今まで聞いたことがなくて面食らってしまう。
短編小説#3 クリスマスデート
指定ワード:混雑 郵便 写真
クリスマスシーズンの繁華街はどこもかしこも鮮やかな光に包まれている。私と彼を祝福するかのように灯されるそれを見つめながら行くこの時間が何より幸せ。このまま時が止まればいいのに、なんて夢見がちなこと本気で祈っている。彼と二人なら混雑するこの道も全然苦にならないのに、彼は足早にこの場を離れようとする。早く二人きりになりたいなんて大胆な人、それなのに照れ屋で可愛い人。
短編小説#2 「私、桜は嫌いなの」
指定ワード:捨てられないもの わがまま Siri
都会に出てきて、三年と少し。それなりに大人の生活が板について、立派になったつもりでいた。うるさいくらいの桜吹雪の中に残してきたものと同じくらい、たくさんのものを手に入れて満たして。あの野山の香りなんて全て忘れてしまいたくて。
思いを振り払うように車に乗り込み、取引先に電話をかける。
「Hey siri . 松岡商事に電話かけて」
「マツオ シ
短編小説#1 真夜中のエデン
指定ワード:七つの大罪(傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰)
ほんのり湿った空気が嫌になる夜に、私は初めて夫を裏切った。
少しの迷いもなかったかといえば嘘になる。彼はいつでも博識で美しかったから、私はいつでも汚れているような気がしていた。無垢な少年のようにも見えるその横顔をずっと見ていたかったけれど、妬みに近い憧れの衝動に堪えきれるほど私は大人になれていなかった。貞淑の皮を被った私はた