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短編小説#8 餃子を食べる話

 午後7時、僕は急いでいた。今日は同棲している彼女と付き合って三年目の記念日で、特別な晩ご飯の日なのだ。そんな日に限って少し残業してしまって、僕はなんてダメなやつなんだろう。こんなことで怒るような彼女ではないことくらいわかっているが、時間に遅れるのは僕が嫌だった。

 急ぎ足で路地を抜け、サプライズで予約していたケーキを受け取ったら二人で住むマンションへ。エレベーターを待つのも焦れったいが、さすがに5階分の階段を駆け上がってしまったらケーキの安全は保障されないのでここは大人しく待つ。エレベーターを降りたら、家はもうすぐそこだ。

「おかえり、お仕事お疲れさま!」
「ごめんね、遅くなっちゃった」

 玄関のドアを開けると彼女が嬉しそうに出迎えてくれた。やっぱり恋人の笑顔というのは活力になるんだなと実感する。

「もう準備できてるから着替えて手洗ってきて」

 彼女にそう促され、僕は言う通りにした。こっそりケーキを冷蔵庫に隠し、部屋着に着替え、手はいつもより念入りに洗っておく。キッチンに向かうと、彼女の言った通りちゃんと準備が整っていた。

「餃子作るの久しぶりだなぁ」
「僕はやったことないから、たぶん僕より上手いよ」
「こんなの慣れたらみんなおんなじだって」

 僕たち二人は餃子が好物で二人で餃子フェスにも行ったりするくらいなのだが、餃子を一緒に作ったことはなかった。彼女は実家にいるときにはよく家族で作ったりしていたようだったが、僕は初めてだったので楽しみにしていた。

 餃子のタネは豚の挽き肉とキャベツ、生姜が入ったものでほんの少し大葉を入れるのが彼女の実家流らしい。ニンニクやニラも入れてほしいところだったが、明日も仕事なので我慢することにした。

「見ててね」

 彼女が皮を手に取り、タネを乗せる。タネの量は思っていたより少ないように思えたがこんなものなのだろうか。皮に水をつけて器用に折り畳んで、と見ているうちにちゃんと餃子の形になっている。こう言ってはなんだが、僕は自分の不器用さに自信があるので上手くできる気はしていない。特にあの皮を器用に畳んで重ねていくアレが。

 彼女がさあ、やって見せよと言うので僕は見本通りにやってみる。タネを皮の上に乗せて、水をつけて畳むんだった。その通りやって出来上がった餃子は彼女が作ったものより形が悪く不格好だ。手順はわかっているのだが、たぶんこれはタネが多すぎたんだと思う。畳むところが狭かったし、均等に折るのに苦慮した。彼女は上手い上手いと誉めてくれたけど、なんだか納得がいかなくて再度チャレンジしたが今度はちょっとタネが少なかったかもしれない、次は均等に折れなかった、なかなか餃子を作ることは難しいものだと実感する。

 タネを全て包み終わって二人の成果を見てみると、彼女のは概ね均等なサイズで出来映えもいいが僕のは不揃いであんまり見映えの良いものではなかった。基本的に料理は彼女の方が上手なので焼くのはお任せするとして、僕はその間に食器の準備をしたり洗い物を済ませる。準備をしている間にも良い匂いがして、僕は待ちきれずにそわそわしていた。

 そうこうしているうちに焼き上がり、お皿に乗せられた餃子はどれも等しく美味しそうに見えた。冷蔵庫から冷えたビールとチューハイを出して、乾杯をする。やはり仕事終わりのビールは格別だと思った。僕はたまらず餃子にかぶり付く。羽付きでパリパリしているのに中身はしっかりジューシーで、大葉の良い匂いが広がる。ニンニクはないが、大葉を入れるならなくても十分な満足感だった。

「この餃子大きいから食べごたえがすごい」

 彼女が僕の作った餃子を齧ってそう言った。彼女が作ったものは、どれも食べやすい大きさだったからちょっと申し訳なく思う。

「ごめんね、食べにくい?」
「全然!大きめに作るのもいいなって思ってさ」

 彼女がそう言って笑うので、僕もつられて笑った。自分で作った餃子を食べてみると、焼く前は不格好だと思っていたが食べごたえがあってこれはこれで確かによかった。そもそも味付けはどれも同じだし、失敗しようがないことだと気付く。

 作るのには時間がかかるのに食べるのは一瞬で、ビールも丁度2本目を飲み干すタイミングで餃子を完食し、僕は胸の前で手を合わせる。彼女も食べ終わり、満足したのかお腹をさすっている。二人で食器を片付けながら餃子の感想を言い合い、キッチンに向かおうとする彼女を呼び止めた。

「あ、そうだ。冷蔵庫にケーキあるよ」
「え!ほんとに?嬉しい!」

 彼女は目を輝かせて冷蔵庫の方に向かう。箱の中には彼女の好きなチョコレートとナッツのタルトが入っていて、それを見た彼女はきっとさらに目を輝かせて喜ぶんだろうな。そしてそれを見た僕はきっと、来年もケーキを買って帰ろうと思うに違いない。


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