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父を、母を、故郷を憎んでいた

昨日、実家に帰った。今は兄弟がひとりで住んでいるが、改築するので、その前の写真を撮っておこうと思ったのだ。故郷は今住んでいる街から電車で1時間以上かかる場所にある。「会社に通うのが便利」という言い訳のために故郷から遠く離れたかったのだ。

家に着くと、家具はあらかた運び出されてがらんどうになっていた。錆びたベランダ、薄汚れた壁、日焼けした床板、それらが眼の中いっぱいに満たされると、私は息苦しさを覚えた。ここに住んでいた時、常に感じていた懐かしい痛みだ。

私はずっと父と母を憎んでいた。自分自身を押し込め、そんな感情は抱いていた己を恥じて、まっしろなペンキで心を塗っていた。だが、その白は重ねれば重なるほど、下地の汚い色が浮き上がってくる。どっちも死んでしまってから、もうずっと経っているのに。

椅子に腰掛け、コンビニで買ったペットボトルのお茶を飲み、煤けたプリント合板の壁を見つめた。両親は東北の僻地の出身で、東京に出て苦労ばかりしてきた人たちだった。おそらくは東京の事が死ぬまで嫌いだった。

もう親が私を産んだ年齢になる。死んだ人の事を思ってもしょうがないので、私は、こどもの頃自分が親を憎んでた気持ちを受け入れようと思った。親が苦労してたのは分かるが、こどもの自分がそう思い詰めたのも当然のようなひどい環境だった。

いつの間にか外は暗くなっていた。泊まるわけにも行かないので、アパートへ帰ろうと外に出ると、隣に住んでいる東北なまりのあるお婆さんに声をかけられた。

「何か工事してキレイにするんでしょ?こんな広い家もったいないヨォ。ともクンも帰ってきたらいいのに」
「たぶん、秋か遅くても来年の春には戻ってくるつもりです」と答えた。

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