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【小説】灯作 -TŌSAKU-

前略 柚木様

 過日はお時間を割いて頂き誠に有難うございました。そして紙面への掲載が目前に迫るなか、あのような告白になったことを改めてお詫び申し上げます。

 頂いたお言葉を厳粛に受け止め、盗作に至った経緯をお伝えしようと思います。

 プロとして許されません、とのお叱りは当然のことです。甘く考えていた自分に気づかされました。それと同時に、長年の夢に手が届きかけていると実感しました。

 プロとして――

 デビューを前に私は思い悩みました。黙ってさえいれば、憧れの紙面に漸くたどり着きます。

 目に浮かんだのは、近所に配るほど買う両親と兄の姿です。女の私が少年誌を読み始めたのは兄の影響です。

 漫画家になる夢は、年を重ねるほど強くなりました。架空の世界を思い描き、それを形にすることの他は、何をやっても鈍臭い私です。容姿もご覧の通りです。漫画を描くことだけが自己肯定になりました。

 ですが、ある日ぱったり描けなくなりました。創作が追いつかないほど湧き出ていたアイディアは、何も出てこなくなりました。夢へと続く道が暗闇に閉ざされた感覚でした。

 一方で、初めての恋人ができました。同じように漫画家を目指す二つ年上の人です。彼に交際を申し込まれる前から、恐らく私の方が先に惹かれていました。温かい人間性と、珠玉の原石たる埋もれた才能――

 つまり、私が盗作したのは彼の漫画です。ただ、交際を始めたのは六年も前のことです。盗作を目的に近づいたわけではありません。だからこそ、愛しい彼が世に認められないことをじれったく感じていました。

 貪欲になれない彼は、運もありませんでした。そして拘りが強かったため、少年向きの漫画にしては小難しいところがあり、画風もいわゆる売れ線ではありませんでした。

 彼がよく言っていたのは、描きたいことを好きなように描くだけ。

 ですが、描くために生きているような彼も、少しずつ描けなくなりました。私とは事情が異なります。その残酷な症状は進み、完全に描けなくなったのは凡そ一年前です。私は希望になるようなことを言ってあげられませんでした。

 そして彼の絶望に寄り添い、彼が死んでしまうことを恐れ、考え抜いた末に、盗作を決意しました。彼の才能をあかりに、もう一度歩き出そうと思いました。過去の作品を読者目線でリメイクすれば、高く評価される自信がありました。

 あなたは天才だ。

 柚木様にそう言って頂いた私には、見る目があります。天才は私の愛する人です。

 それを証明した今、恥を忍んでお願いがあります。天才の彼を原作者にして、あの作品を予定通り掲載して頂きたいです。

 慢心かもしれませんが、連載に繋がる手応えがあります。彼の話をもとに私が筆を執ります。

 彼が失ったのは視力だけです。口述で紡ぎ出す物語は日の目を待っています。今度は私があかりを灯し、この先の道を彼と共に歩んでいこうと思っています。

 どうか寛大なご処置を。必ず人気作にしてみせます。

                               かしこ


                         ※以上、本文1200字


冬ピリカグランプリがやってくる!


【あとがき】

 本作は「あかり」をテーマに、800~1200字というルールのもとで執筆いたしました。タイトルは「灯作とうさく」です。航海(公開)は10:39とうさくから苦を取り除いた時間です。

 元原稿は一陽来復の思いを込めて、冬至にあたる12月22日の夜に仕上げました。

 お読み頂いた貴方様の胸の内に、小さなあかりを灯せたでしょうか。
 よいお年をお迎えください。

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