瀬戸内で『夢の中』を走る " 旅先で『日常』を走る ~spin-off㉒~ "
2024年3月9日、土曜日。時刻は午前6時を少し回ったところだ。
私は東京駅から高速バスの深夜便に乗って、岡山駅前に到着した。
この旅の目的地は、明日の午前中にハーフマラソンを走る瀬戸内海の「ゆめしま海道」だ。しかし、ここから直接向かうわけではなく、一旦四国入りしていくつかの途中下車を経てから、明日の朝に現地に到着する旅程を組んだのだ。
せっかくの遠征なので、少しでも多くの場所を訪れてみたいではないか。駅前で朝マックのブレックファーストを摂り、さっそく四国への移動をはじめよう!
岡山駅からJRの電車を乗り継ぎ宇野駅まで移動すると、ここから四国行きのフェリーが出ている。瀬戸大橋が開通する前は、岡山と四国の間の移動手段はこのルートが圧倒的なシェアを持っていた。当時の時刻表には宇高連絡船の時刻表も載っていたくらいなのだ。
8:22発の高松行きの便に乗り込み、いざ出航。
甲板に出て、瀬戸内海の多島美を堪能する。
フェリーは20分ほどで直島の宮浦港に到着した。
視線の先に、草間彌生作の『黄かぼちゃ』が見える。
そう、ここは岡山に本社を置く大企業『ベネッセ』が「ベネッセアートサイト直島」という取り組みを行っているアートの島なのだ。
ここで25分停泊した後に、フェリーは高松港へと向かっていく。路線としては 宇野→宮浦 と 宮浦→高松 に分割されているようだが、通しのチケットを買っていれば一旦降りなくてもよい。とはいえ、せっかくの旅なのでここで途中下船してみよう。近くにある小豆島や豊島には上陸したことがあるのだが、直島にはまだ足を踏み入れたことがないのだ。
下船して真っ先に向かったのは、港から道を挟んだ対面に3軒並んでいるレンタサイクル屋だ。一番左側の店で荷物を預け、さっそく電動自転車を借りる。この次の高松港行きフェリーは11:30発だ。3時間弱の直島ライド、スタート!
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宮浦港から反時計周りで自転車を漕いでいく。右手に瀬戸内海を眺めながら進んでいると、ほどなくして急勾配な上り坂に入った。電動をフルパワーにして、なんとか山道を登り切った。と思ったら、今度は急な下り坂になる。坂を下りきった先に公園が見えた。ここで小休止しよう。
自販機でペットボトルのお茶を買い、ベンチで一気に飲み干したら、また動き出すことにした。なにしろ、この島にいられる時間は限られているのだ。
目的地は『ベネッセハウスミュージアム』だ。公園からさっき来た道を少し戻ると、左手に海岸へと進む道を見つけた。看板によると、この先に目的地はあるようだ。自転車で軽快に進む。
と、ここで警備員に止められる。「ここから先は徒歩のみです」と。しかたなく自転車を置き、ここからは歩いて進んでいく。
海岸沿いにリゾートホテルが建っていて、庭に美術作品が点在している。
ホテルの先に伸びている緩やかな坂道を上った先に、ミュージアムがあるようだ。行ってみよう。
今度は左手に瀬戸内海が見える。歩きながら水面を覗いてみる。
水は澄み渡り、午前中の光が水面に反射して煌めいている。海の向こうには高松市街地が見える。そのまま進んでいくと三叉路にぶつかった。左は下りで、右は上りだ。右に進んでいくと、すぐ左手にミュージアムはあった。
入口でチケットを買うと、「このチケットで『ヴァレーギャラリー』にも入れますので、よろしければ後ほどどうぞ」と声を掛けられた。
ミュージアムの内部を巡っていく。
安藤忠雄設計の建築物なので、中に所蔵されている作品がどうこうよりも、コンクリートの建物自体が大きなアート作品になっている。特に光の射し方が美しい。
続いては、三叉路まで戻って下りの道を進み、『ヴァレーギャラリー』へ。
小さいコンクリートの建物と、前庭に展示されたいくつかのアート作品による、こじんまりとした空間だ。
庭に並んだ道祖伸のような一群が特に目を引いた。
では、次の目的地へ。
少しだけ進んだ先、左手にそびえるコンクリート建築『李禹煥美術館』。この建物も、先ほどのヴァレーギャラリーも安藤建築だ。
オープンの10時よりも少しだけ早く到着してしまったので、前庭で時間をつぶすことにした。
シンプルだが荘厳というか、どこか宗教的な雰囲気すら感じさせる。
『李禹煥美術館』では真っ白な部屋の真ん中に座って四方の壁に飾られた作品を見回したり、暗闇に浮かぶ作品に目を凝らしたりと、五感をフル回転させて味わう作品が多かった。写真撮影禁止なのが残念だったが、機会があればまた訪れたい。
すっかりアートを楽しんでから自転車置き場に戻ると、もう10:30すぎだった。いかんいかん。この先は急いで進もう。
さらに反時計回りに進み、役場などがある本村エリアに入った。
この一帯では「家プロジェクト」という名の、古民家を活用したアート活動が盛んに行われているようだ。
面白そうだがもう時間に余裕がないので、自転車で一回りするにとどめ、宮浦港に戻ることにした。
宮村港に着き、フェリーを待つ間に早めのランチを摂ることにした。もちろん、セルフうどん店で。
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無事に11:30発のフェリーに乗船し、12:30には高松港に到着した。
高松に来るのも5年ぶりくらいでどこかに寄ってみたい気もあるが、次の予定が詰まっているので、今日は通過することにした。
高松駅で特急に乗り、次の目的地へと向かう。
目指すは香川県西条市。
高松駅を発車してから1時間半ほどで、伊予西条駅に到着した。
まずは駅前を散策する。通りにある酒屋の店先に「角打ち、はじめました」と書いてあるPOPを発見した。自他共に認める吞兵衛の私にとって、これは見過ごすことができない。
店の裏手にあるという案内に沿って、側道に入り用水路をまたいで裏道に出ると、角打ちはあった。
中に入ると角打ちのカウンターがあり、その奥にあるガラス張りの壁の向こうにはステンレスのパイプが縦横無尽に巡らされ、クラフトビールの仕込み樽がいくつも並んでいた。
メニューに書かれている説明を読み、その中からフルーティな味わいのものを選んで注文する。
カウンターの中で作業している若い男性に話しかけ、いくつか質問を重ねた。
酒屋の一角を改装してクラフトビールを作り始めたのは、つい最近であること。西条は石鎚山から下りてくる水に恵まれた地で、アサヒビールの工場が最近まであったこと。日本酒の『石鎚』の蔵元も、この近くにあること。お兄さんはビール造りを学ぶために、静岡から移住してきたばかりだということ。などなど、いろいろな話を聴くことができた。
ほろ酔いで角打ちを後にして今日の宿に向かうことにするが、ここでも寄り道をしながら向かう。
西条には「うちぬき」という、飲用できる地下水が自噴するスポットが多数ある。
総合文化会館の先で加茂川にぶつかった。ここにもうちぬきがあった。
ここから海に向かって川沿いを進んでいくことにする。
遊歩道に入り道なりに進んでいくと、水汲みをしやすいように噴出口が下を向いているうちぬきがあった。
その先には、オーソドックスなうちぬきもある。
さらに進んでいくと遊歩道は途切れ、西条陣屋跡のお堀が現れた。
その手前を右に折れ、「うちぬき広場」へ。
水路の底からうちぬきが表出している。
ふたたび海に向かって進む。とうとう、西条港まで歩いた。この先にはもう、道はない。右手には、「弘法水」と呼ばれるうちぬきがある。
今まで見てきた中で、最も勢いよく噴出している。海の中から真水が湧く、世にも珍しいスポットらしい。水を手に取り一口飲んでみたが、たしかに真水だった。
うちぬき巡りを全うし満足な私は、ここから10分ほど歩き宿にチェックインした。
部屋に入って早々、私はいそいそとPCをカバンから取り出して、ZOOMミーティングを繋いだ。じつはこのホテルの設計や運営に知人のY口さんが関わっており、彼にオンラインでこのホテルの特徴をレクチャーしていただくのだ。
Y口さんから、いろいろなお話を伺うことができた。
西条は瀬戸内の温暖な気候の元で水に恵まれ、火力発電所があるため裕福であること。このようにエネルギーに不自由のない環境にある場所で、ゼロエネルギーを目指すことに意義があること。近場の住民に気軽に使ってもらえるような作りにしていること。また、自転車乗りにも配慮された作りであること。そして、このホテルの敷地内にもうちぬきがあること。などなど。
レクチャーを終えてすぐに私が取った行動は、フロントに赴き「うちぬきの水を汲ませてくれ」と懇願することだった。フロントの方は「Y口さんから聞きました?」と、まるで私の素性を知っているような反応を見せた。実際、私の素性はあらかじめY口さんによって筒抜けだったのだ。
うちぬきに筒を刺していただき、部屋に備え付けの水筒いっぱいにうちぬきの水を汲んだ。フロントの方から、「冷蔵庫にビールが入っているの気づきましたか?」と尋ねられる。なに?
急いで部屋に戻り冷蔵庫を開けると、メッセージカードとともにクラフトビールが2本収められていた。
なんて粋な計らいをしてくれるのだ、Y口さんは。もったいないのとさっき飲んだこともあり、このビールはお持ち帰りすることにした。
そろそろディナーを摂りたい。Y口さんとフロントの方にそれぞれおすすめの店を訊いたのだが、双方から名前が上がった店に伺うことにした。
では、出発。
ホテルから10分ほど歩いたところ、住宅街の一角にその店はあった。『WTNB IN THE HOUSE』。
その名の通り、渡辺さんがオーナーのお店だ。こだわりのコーヒーが売りのカフェのはずだが、夜はしっかりした料理とワインを出すと聞いている。
店内に入り、おすすめの一品料理とそれに合わせるワインをオーダーする。最初の一杯は白ワインがいいとも。出て来たのは牡蠣!
美味い。もちろん、白ワインともよく合う。店主は西条出身のUターン組で、元もとはコーヒーに嵌っていたのだが4年前に突然ワインに凝り出して、ソムリエの資格まで取ってしまったとのこと。
ならば今度はお勧めの赤ワインと、それに合う料理をとオーダー。出て来たのは熊野のマタギ直送のジビエ。ローストディアとレバーペーストのコンビだ。
主に接客を担当する奥さんは、トークと気配りがとても上手な京女。美味しい料理と楽しい雰囲気で、すっかりワインが進んでしまった。明日は朝から走るのに。
食後にコーヒーをいただき、名物だという玉子サンドをテイクアウトした。
明日の朝食用に買ったのに待ちきれず、部屋に戻ってきてすぐに完食した。
*
一夜明け、3月10日。
6時すぎに宿をチェックアウトし、伊予西条駅から今治駅へ。ここからは徒歩で20分ほどかけて今治港へ向かう。
今治港からは高速船を使って、レース会場がある生名島に向かうのだ。
私と同じレースに参加すると思しきおっさん達の姿も散見される。
乗船後1時間ほどで、生名島に到着した。
港にはレース会場まで直行の送迎バスがすでに横付けされており、我々はすみやかに会場まで連行される。
今日走るレースは『ゆめしま海道いきなマラソン』。
岩城橋の開通により完成したゆめしま海道を走るハーフマラソンだ。瀬戸内海の絶景を眺めながら、3つの橋を渡り4つの島を走ることが特徴となっている。
会場の中学校で着替えて荷物を預け、スタート地点に立つ。
パンフレットによると、地元というか広島愛媛香川県あたりからのエントリーが多数を占めるようだ。
時刻は10時ちょうど。
いよいよ、レースのスタートだ!
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まずは軽快に生名島を掛け抜ける。
やがて海沿いの道に出る。3kmほど進むと、最初の橋が見えてくる。
この橋を渡ると佐島に入るのだ。らせん状の坂を上りきり、橋に差し掛かる。
橋を渡り佐島に入ると、急勾配の下り坂を一気に駆け下りる。
佐島では6年くらい前に一度カヤックを漕ぎに来たことがある。風速が6mほどある日だったが、内海は波が穏やかで過ごしやすかったことを覚えている。
左手に瀬戸内海を臨みながら進み、眼前には次にわたる橋がもう見えている。
佐島を走ったのは1kmほどだ。また坂を上って次の橋を渡ることになる。
この橋を渡ると、弓削島だ。
またまたらせん状の坂を下り、海沿いを進んでいく。しばらく進むと、逆車線をランナーがこちらに向かって戻ってきている。この先が折り返し地点のようだ。
スタートから7km強で折り返し、今度は海を右手にして進む。
先ほど渡ってきた橋の下をくぐり、またらせん状の坂を上って橋を渡る。
佐島に戻った。
佐島の道を引き返し、また橋を渡って生名島に戻る。
ここで往路とは逆の道、左手に進んでいく。橋を渡るたびに上り坂を走らなければならず、スタミナが消耗されてくる。15kmを過ぎたあたりでまた上り坂が現れた。
この先の橋を渡れば、岩城島だ。
さすがに太もものあたりが痛んできた。岩城島にははじめて上陸するのだが、このあたりになるともう周囲の景色を楽しむ余裕はなくなってきた。
岩城島に入ると下り坂の後に上り坂があり、そこですぐに折り返す。さっき渡った橋へすぐに引き返し、三たび生名島に入る。あとはゴールに向かって邁進するのみだ。
痛む足を引きずり気味に進みながら、「ゆめしま海道、恐るべし…」と心の中で繰り返していた。
這う這うの体で、ゴール。
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ゴールの先にはいろいろな出店が軒を並べていた。
私はひとまず、無料で提供される鯛めしをゲットした。
着替えを済ませて、会場近くの港から渡船に乗り込んで因島へと向かう。
3分ほどで因島に着き、ここからバスに乗り換えて向島に向かう。しかし、目的地で降りそびてしまい、終点の福山駅まで否応なく連行されてしまった。
JRで尾道駅まで戻り、渡船で向島に移動して清涼飲料水工場兼販売所などを散策。
ふたたび渡船で尾道に戻り、ひとまず温泉で汗を流すことにした。
サウナでもうひと汗かいてその後しっかりと洗い流した後は、新しくできた海鮮丼屋でディナーを摂り、今日の宿へと向かう。
千光寺公園に向かう丘、というか山を上り、たどり着いたのが今日の宿『みはらし亭』だ。
ここからの朝焼けの眺めが最高だという評判を聞きつけ、満室状態の中しょっちゅう空室確認を繰り返して、出発直前にようやく出たキャンセルを見逃すことなく予約に成功したのだった。
古民家再生系のゲストハウスであり、私が今日泊まる部屋も和室の相部屋だ。
明日を楽しみにしつつ、今日は疲れた身体を早めに休めることにする。
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また一夜明けて、3月11日。
私は6時に掛けたアラームで目覚め、眠い目を擦りながら窓の外に視線を移した。
うむ。評判に違わぬ絶景だ。
満足した私は宿をチェックアウトし、帰路に就く前に最後の目的地へと向かった。
今日は3.11。
広島市まで足を伸ばし、14:46は原爆ドーム前で黙祷した。
私の旅はここで終わり。
これから広島空港へ移動し、一気に飛行機で東京に戻るのだ。
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